第22話:凛太が「ハローっ!」と挨拶したら警戒された

 結構飲んだ気もするが、帰り道に夜風に当たりながら歩いたこともあって、そんなに酔った感じはない。

 俺は特に酒好きでもなくて、普段はほとんど飲まない。だけど飲み会になると結構飲めるタイプだ。


 自宅のワンルームマンションに着いて、エレベーターで3階に上がる。


 それにしても今日は、メンバー3人のなかなか意外な姿を見ることができて楽しかった。

 歓迎会ってのは、こういう発見があって、そしてみんなとの距離が縮まるからいい。


 歓迎会は、日本が生んだ偉大なる発明だな、うん。

 あ、海外にも普通に歓迎会というものがあるのかどうかは、まったく知らないけれども。


 ──なんてどうでもいいことを考えながらエレベーターを降りると、廊下に立っている一人の女性の後姿が目に入った。


 俺の部屋はワンフロア3室並びの中部屋だ。

 女性が立っているのは、俺の部屋の手前側にある部屋の前。

 ドアの前でカギを開けているから、たぶん隣の住人なのだろう。


 引っ越ししてきた日に挨拶に行ったが留守だった。

 ちょうどいい。挨拶しておこう。


 少し近づいてその女性の後姿をよく見ると、ラフな感じの白Tシャツにデニム姿とまあ、服装はいたって一般的な感じ。だけど髪はくるんくるんとカールがかかったド派手な金髪で、質素な服装との違和感が半端ない。


 ──欧米人か!?


 俺は英語なんてさっぱりだ。だからちょっと緊張しながら声をかける。


「は……ハローっ!」


 その女性はカチャリとドアのロックを外した後に、ゆっくりと慎重な感じで俺を振り返った。

 顔を見ると、真っ赤な口紅に濃いアイメイクと、いかにも水商売に勤めているって感じの若い女性。俺と同い年かちょっと上くらいか?


 だけど、いや……どう見ても日本人顔だ。

 金髪は染めているのか、それともウィッグなのかもしれない。


 その子は俺と目が合った瞬間、不審者を見るような怯えた目で呟いた。


「だ……だれ……?」


 そりゃそうだ。夜中にいきなり、後ろから「ハローっ!」なんて知らない男から声をかけられたら、誰だって不審に思って当然だ。『だれ?』って言ったからたぶん日本人だろうし。


 ヤバい。このままじゃ叫ばれるかもしれない。

 なんとかしなきゃ。


「あ、あの、驚かせてすみません。俺、隣に越してきた平林ひらばやし 凛太りんたです。はじめまして!」

「えっ? あっ、そうですか。……あ、この前、引っ越し挨拶って洗剤を置いてくれてた……」


 改めて顔を見ると、やっぱり水商売……キャバクラとかにいそうな感じの濃いメイクだ。なかなか美人だし、キャバ勤めだとしたらかなりの人気嬢だという気がする。


 服装が質素なのは、お店での派手な衣装を着替えて、私服で帰宅したからだろう。


 キャバ嬢ならばもっとハキハキと話すイメージがあるが、この人の話し方はちょっと自信なさげな感じで、派手なメイクの顔とちょっと違和感がある。


 まあお店での営業トークとプライベートでは違うのだろうし、ましてや今は俺は不審がられているのだから、こんな感じになるのが普通かもしれない。


 だからできるだけ優しい笑顔を心掛けて返事をした。


「あ、そうです! それ、俺です」

「あ、ども、ありがとです」

「いえ、どういたしまして」

「じゃあ、さよなら」


 その人は固い表情のまま名乗りもせずに、逃げるようにしてドアを開けて、室内に入って行った。感じよく振舞ったつもりなのだけれど……


 バタンと閉まったドアの音が、俺を拒絶する合図のように感じてちょっと悲しい。


 まあでも。

 女性の一人暮らしで、隣に男が引っ越して来たらそんなリアクションも当たり前か。

 それにしても、変なおっさんが隣人じゃなくて良かったな。


 そう思い直して、俺は自分の部屋に入った。





◆◇◆◇◆


 それから翌日、翌々日は土日で会社は休みだった。

 俺は部屋の片づけやら、足りない物の買い出しを兼ねて、街をぶらぶらと探索して過ごした。


 俺が高校卒業と同時に志水市を離れて7年。

 田舎町のことだしそんな大きな変化があるわけではないけれども、それでもちょこちょこと見知らぬお店があったりして、ぶらり歩きもなかなか楽しかった。




 そして週明けの月曜日、出勤すると既に他の3人は出社していた。


「あ、皆さん。金曜日は俺の歓迎会、ありがとうございました! 楽しかったです!」


 俺がお辞儀をすると、三人とも笑顔で「どういたしまして」と言ってくれた。


 ところで……と、神宮寺所長がちょっと不安そうな顔で、俺たち三人を見回した。


「歓迎会の途中から記憶がないのよねぇ。私、なにか変なこと言ってなかった?」


 ──おりょ? やっぱりか。


 でもまあ、別に変なことなんか言ってなかったですよ……と俺が言おうとした時、横からほのかが呆れたような声を出した。


「もおっ、麗華所長!覚えてないんですか? 所長はひらりんに『キスして』って迫ってましたよぉ」


 はぁっ!?

 なんだって?

 そんなことはなかったぞ。


「えっっ!? そ……そうなの!? ご、ごめんねっ、平林君!」


 オフィスではいつも冷静できりっとした麗華所長が、おろおろして俺に頭を下げた。

 こんな騙しは、ちょっと所長が気の毒過ぎる。


「こらこらほのか! いい加減なことを言うな! 所長はそんなことは言ってないだろ!」


 俺の言葉に、横にいるルカも同意してくれる。


「そうですよ。ほのか先輩の作り話です」

「え……? そ、そうなの?」


 思わず所長がほのかに目を向けると、ほのかのヤツは「えへへ」とか笑って頭を掻いてやがる。

 所長はほのかに向かって拳を振り上げて、鬼のような顔でいきなり叫んだ。


「くぉらぁーっ、ほのかぁ!」

「ごごごごめんなさい所長っ!」


 ほのかは謝りながら、脱兎のごとく走って部屋の隅に逃げ出した。

 しかし逃げながらも、さらに所長への口撃をしてくる。


「でも所長! そんなこと言うはずがないって、否定しなかったのはなぜですかっ!? 自分でもそんなことを言っちゃうかもって思ってるんでしょ?」

「ちちち違うわっ!」


 所長は、それはもう、いつもの凛としたモデルのような姿はどこへ行ったのやら……顔を真っ赤にして、ほのかを追いかけまわしている。


 ほのかは逃げ回りながらも、ニヤニヤしながら所長をからかっている。


 そしてそれをにこにこと冷静に眺めるルカ。


 うーん……

 なかなかドタバタした営業所だな、ここは。

 でも、こんな感じの職場って今までなかったけど、楽しい雰囲気で、なかなかいいかもしれない。


 俺はそう思いながら、美女三人の姿をほのぼのとした気分で眺めた。

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