第23話:神宮寺所長。なんだか良い電話だったようですね

 朝イチはドタバタした雰囲気だったが、それからすぐにみんな仕事モードに入った。そこら辺は、やっぱりさすがみんな社会人だ。


「平林君。先週言ってたほのちゃんとの業績アップ策の打ち合わせは、午前中にはやってくれる?」

「あ、はい」

「午後からは、私が何社か取引先に訪問するから、挨拶も兼ねて平林君に同行してもらうから」

「わかりました」


 所長が外で営業する姿を見せて貰える。これは勉強になりそうだ。楽しみだな。


 俺はそんなことを思いつつ、応接スペースに移動して、ほのかと業績アップ策のミーティングをした。



***


 ほのかとの打ち合わせは、結構意見が衝突するところもあったけど、取り敢えずの方向性は出すことができた。


 ミーティングが終わったらもう昼過ぎだったので、近くの喫茶店で軽くランチを取ってから、オフィスに戻った。打ち合わせ結果を報告しようと所長を見たら、ちょうど電話中だった。


「えっ……? ホントですか? ありがとうございます。あ、はい。わかりました。今からお伺いします!」


 神宮寺所長はなんだか嬉しそうな顔で電話を切った。


「あの、所長。業績アップ策の打ち合わせ結果の報告ですが……」

「あ、平林君。その話は後で聞くわ。ちょっと今から取引先に訪問するから、キミも同行して」

「あ、はい。わかりました」


 慌ただしく外出の準備をする所長に付いてオフィスを出て、営業車に乗り込む。俺が助手席に座り、所長がハンドルを握り、走り出した。

 紺色のスーツに身を包んだ神宮寺所長は、ハンドルを握る姿も様になっている。


「神宮寺所長。なんだか良い電話だったようですね」

「うん、まあね。先週金曜日に断られた大型案件なんだけど、担当者の人から、やっぱり御社にもお願いしたいって」

 

 そう言えば俺の歓迎会に行く前、外出先から帰って来た所長はちょっと不機嫌だった。ほのかに、おっきな商談がダメだったのかと突っ込まれてたな。


「良かったじゃないですか!」

「いえ、まあまだ、良かったとまでは言えないんだけどね」


 そう言って所長が説明してくれた。


 商談先は地元の中堅メーカー、株式会社加賀谷製作所。普段はそんなに多くの採用はないのだけれども、今回新たなプロジェクトの立ち上げに伴い、一度に5人もの採用を考えてるらしい。


 この前ほのかが『おっきな商談』って言ってたけど、まさに大きな話だな。


 先方はウチを含めて3社の人材紹介会社と付き合いがあるが、今回の話では先方の専務の意向で、ウチだけが依頼先から外されたそうだ。


 しかし担当者の総務課長が、やはり他の2社だけで5人もの人材を確保するには不安があるからと、もう一度話をしたいと連絡をくれたらしい。


「専務の意向って……なにかウチが外される理由があったんですか?」

「あ、いや、べ……別に。と、特に何もないわよ」


 どうしたんだろ?

 ハンドルを握りながら答える所長は、いつも見せないような焦った感じで眉をしかめている。


 まあでも、総務課長が前向きな話をしてくれるってんだから良かった。細かいことは気にしないでおくか。


 前を向いて運転する所長の美しく整った横顔を眺めながら、そんなことを考えた。


 うーん、それにしても神宮寺所長って鼻が高いな。鼻筋も通っていて、さすがの美人っぷりだ。襟元でお団子にしたヘアスタイルと相まって、できる女感があふれ出ている。




 先方の事務所に着くと応接室に通された。相手は総務課長の鈴木さん一人。

 歳は50前後だろうか。ちょっと気が弱くて、人の良さそうな眼鏡のおじさん。


 俺が名刺を交換して自己紹介すると、横から神宮寺所長がフォローしてくれる。


「今後はこの平林も色々とお世話になると思いますので、よろしくお願いいたします」

「ああ、はい、鈴木です。こちらこそよろしく」


 お互いに挨拶を交わし、打ち合わせテーブルに座るように促された。俺と所長が並んで座り、その向かい側の椅子に鈴木さんが腰掛ける。


 鈴木さんは一枚の資料を所長に渡した。

 横から覗くと、募集人材の条件が書かれている。


「あのう、鈴木さん。これをいただけるということは、弊社でも人材紹介をさせていただけるのでしょうか? 先日専務さんが弊社には頼まないとおっしゃったのは、方針変更ということでよろしいのでしょうか?」


 所長の言葉に、鈴木さんは少し困ったような表情になった。

 眼鏡の奥の目が、少し情けない感じになっている。


「えっと……あのですね、神宮寺さん。実はまだ正式に御社に依頼すると決まってるわけではないです。けれども他の2社の様子をお聞きすると、どうやら2社で5人全員を確保するのは難しそうなんですよ」

「なるほど。そうなんですか」

「実は、今の段階では御社への依頼は、専務からオーケーが出ていません。だけど、いざ人材が足りないとなってから御社に頼むのは、遅すぎると思いまして……」


 つまり鈴木さんが言うには──


 水面下でウチも人材確保に動いて、他社が紹介する人数が足りない場合に限って、ウチから紹介した候補者と面接を進めたい、ということだった。


 つまりウチは、他社のバックアップ要員ってことだ。いい話だと思ってここまで来たけど、なかなか微妙な話だな。


 鈴木さんの心配もわかるけど、なんでそんな面倒なことをするのか? 普通に、その専務の承諾を取ってくれたらいいのに……


 そんなことを考えながら、所長がどう返事するのか、その横顔を見た。

 所長は「うーん……」と唸りながら、難しい顔をしている。


 ──と、その時。突然応接室のドアがガチャっと開いて、なんだかチャラそうな男が入ってきた。


「あっ、専務!」


 鈴木さんがとても焦った顔で叫んだ。これがくだんの専務か。


 ストライプ柄の高級そうなスーツに、ピシッと決めた髪型。彫りの深いイケメン男。

 歳は30半ばか40くらい。専務だっていうからもっと年配かとイメージしてたけど、案外若い。やり手なんだろうか。


 その専務はニヤニヤしながら、神宮寺所長のモデルのような身体を、頭の上から足先まで舐めるように眺めた。

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