第17話:歓迎会──俺の考えは甘かった

 歓迎会会場に着いて驚いた。


 そこは駅前にある、お洒落なイタリアンレストランだった。店内の壁は白い手塗りの漆喰だし、インテリアは幾何学的なデザインで、きっと高級なイタリア製なんだろうなって感じ。


 まあ俺はインテリアとか詳しくないから、あくまでイメージなんだけど。

 だってイタリア料理店なんだから、って理由だけだ。


「ほぉ~! お洒落な店だねぇ……」


 店内に入って俺が呟くと、横で愛堂さんが口に手を当てて、くすりと小さく笑った。


 俺の認識では、会社の飲み会なんてチェーン店の居酒屋が定番だ。お洒落な店で飲み会なんて、考えたことがない。


 ほのかはジト目で睨んでくる。


「ここは田舎だと思って馬鹿にしてるんでしょ? ここにもお洒落なレストランくらいあるって」

「いや、そうじゃなくて。俺の歓迎会なんて、居酒屋だと思ってたからさ」

「いえいえ。平林さんの歓迎会だからこそ、良いお店をチョイスさせていただきましたよ」


 アフターファイブということでメガネを外している愛堂さんは、鶯色の綺麗な瞳を俺に向けて、優しく言ってくれた。そんなふうに言ってくれるなんて、嬉しいじゃないか。


「あ、ありがとう」

「いえ、どういたしまして」


 料理もコースを頼んでくれてあるらしい。こんなお洒落な店で女性3人との歓迎会だから、きっと落ち着いた雰囲気での歓迎会になるんだろうなぁ。




 ──なんて考えていた俺が甘かった。


 乾杯の後、最初こそ全員の軽い自己紹介で始まったものの、お酒が届くと3人ともグイグイ飲み始めた。


 俺はとりあえずビールでスタートしたけど、神宮寺所長は甘めのカクテル、ほのかはワイン、愛堂さんはウィスキーと、それぞれお好みの酒を一杯目から飲んでいる。


 そして俺のことなんかそっちのけで、グルメやファッション、ドラマやらの女子トークを三人で、侃々諤々かんかんがくがくとやっている。


 メガネを外した愛堂さんは美少女オーラ満載だし、ほのかはいつもどおり天真爛漫な女の子って感じ。


 きっちりしているイメージの所長は、きっちりと紺のスーツを着込んだまま飲んでて、やっぱりきっちりとした感じだけど、……


 それでもやはり飲み会。美味しいモノを口にすると、モデルばりの美形な顔が楽しそうに緩んでくる。


「このバーニャカウダー美味しいですね」

「だねぇー! ヘルシーに野菜を美味しくいただく。サイコぉー!」

「ほのちゃん、ルカちゃん。こっちの生ハムもすっごく美味しいわよ!」


 俺は圧倒されて、チビチビとビールを飲みながら、彼女達の会話を横から呆然と眺めるしかなかった。


 わいわいキャイキャイ。女子会のような俺の歓迎会がしばらく進んだ頃、愛堂さんが立ち上がった。


「あ、ちょっと私、トイレ行ってきます」

「ルカたん待ってぇ。あたしも行く~」


 愛堂さんを追いかけてほのかが席を立った後、所長は俺に目を向けた。


「あ……平林君」


 いや、まるで今まで気づいてなかったような顔はやめてもらいたい。俺はずっとここにいますけどー!


 ──と言いたいのを我慢して、「はい」と答えた。


「それにしても皆さん、すごく飲みますね。いつもこんな感じなんですか?」

「まあみんなお酒は好きだからね。でも今日は、いつもよりみんなハイペースね。平林君がいるからじゃない?」

「え? なんで俺がいたらハイペースなんですか?」

「さあ……? 楽しいからじゃない?」


 まさか。そんなはずはない。

 俺がいることでみんなが楽しいと思ってるなんてあり得ないでしょ。


 そもそも俺は完全に蚊帳の外で、全然会話に参加してないんだし。


「ところで平林君。ひとつだけ忠告しとくわ」

「えっ……な、なんですか?」


 所長が切れ長の美しい目を少し細めて睨んでる。目の周りはほんのり赤くなっているから、所長ももう酔いが少し回ってるみたいだ。


 モデルのような綺麗な顔が火照ってるのは、とても色っぽいんだけど……そんな睨みつける顔で忠告だなんて怖すぎる。


「この営業所には私は別として、可愛い女の子が二人もいるからってね。いい加減な気持ちでほのちゃんやルカちゃんに手を出したら、私が承知しないからね!」

「あ、もちろんわかってます! そんなことは絶対にしません!」


 俺はなんの曇りもなく即答した。

 俺は女好きじゃないから、そんないい加減な気持ちで手を出すなんてあり得ない。


 ……ってか、ここの女性陣はレベルが高すぎて、俺が手を出すなんて不可能でしょ!


「真面目で真剣に付き合うことは、もちろんありだけどね。二人ともとても可愛いくて良い子だから」


 真剣に付き合うなら、ありなんだな……


 ──あ、いや、だから。俺なんか相手にされないし。何を言ってんだ、神宮寺所長は。


「所長。そんな心配はご無用です。俺なんか相手にされないから、付き合うってことなんかありません」

「そんなのわからないでしょ。女の子が二人もいれば、もしかしたら気が合うことがあるかもしれないし」

「あ……いえ。確かにここには所長も含めて、素敵な女性が3人もいらっしゃいますけど……」

「私は含めなくていいから」


 ありゃ。神宮寺所長にぴしゃり、って感じで言われた。怖い……


 他の二人のことばかり素敵って言うのは所長に失礼かと思ってそう言ったんだが……おべっかじゃなくて、実際に所長もとても素敵な女性だし。


 でも確かに、所長みたいなレベルの高い大人な女性を、俺が付き合う相手とかいう話題に含めたら失礼だよな。


 ──俺の気配りが足りなかったよ。


「大変失礼なことを申し上げまして、申し訳ございませんでした」


 俺は深々と頭を下げた。


「あっ、いえ、平林君。そんなにかしこまらなくても……」


 所長はちょっと焦った感じで、俺の肩に手を乗せた。


「別に失礼なことなんて思ってないから。逆に平林君にとっては私なんか恋愛対象になり得ないのに、上司だからって気を使って言ったんでしょ?」

「え……?」


 この人……

 他人に厳しくて、プライドが高い人だと思ってたけど。

 普通なら、『私をあなたの恋愛対象になんか入れないで』って言いたいところを、俺に気遣ってこんな言い方をしてくれるんだ。


 優しくて心配りに溢れた人じゃないか。

 モデルのようにこんなに美人で、しかも気配りができるなんて。

 すごいな、神宮寺所長。

 さすが大人の女、って感じだ。


 俺はそう感じて、思わず所長の整った顔を呆然と見つめた。

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