第18話:平林君は上司にゴマをするタイプなのかな?──全然すらないタイプです!
「ど、どうしたのかな、平林君。な、なにをじっと見つめてるの?」
俺が呆然と所長の顔を見つめていたら、所長はちょっと焦った顔になった。モデルのような整った顔が、焦りで視線が泳いでる。
「えっ……? あ、ああ。すみません。お気遣いありがとうございます。所長から見て俺なんか、恋愛対象にならないことなんてわかってます。でもそういうこと関係なく、所長が素敵な女性だと思うのはそのとおりですから」
「へっ……? あ、あの……ありがとう。ひ、平林君は上司にゴマをするタイプなのかな?」
「えっ? ゴマ……? あ、いえ。ゴマなんか全然すらないタイプです!」
それはまったく正直な話だ。
上司であろうとなかろうと、その人の良いと思ったところは、できるだけ口に出して伝えようと思っている。だけど思ってもいないことを言って、ゴマをするなんて俺は嫌いだ。
俺があんまりにも真剣な顔をしていたからだろうか。神宮寺所長は口に手を当てて、突然クスッと笑った。
整った顔から漏れた突然の笑顔に、俺はちょっとドキッとした。
「嘘はないようね。平林君、君ってなかなか面白いね。真面目で誠実なところは伝わってきたよ」
「は、はぁ……ありがとうございます」
「まあここは女性ばかりの営業所だし、いい加減な男性に来られると困るからね。真面目で信頼できる人を来させてくださいって、人事にお願いしたのよ。それで選ばれたのがキミ」
「そ……そうなんですか?」
そんな基準で俺が選ばれたのか。
まあ自分では、自分を真面目で誠実なタイプだと思ってはいるが。
会社の人事がそういう評価をしてくれているなんて驚きだ。それが事実なら、喜ばしいことではあるけど。
──ん、待てよ?
それとも……俺は女には興味がないってことか、もしくは相手にされないって評価?
「それって……俺が人畜無害だってこと……ですかね? あはは」
「さあ、どうかな? ふふふ。少なくともいい加減に女に手を出すようなタイプには見えないけどね」
「あ、それは間違いないです」
「私にとっては、ほのちゃんもルカちゃんも大切な部下だからね。そしてもちろん平林君も、昨日から私の大切な部下。だから君にも変なことにはなってほしくないわけよ」
「あ、ありがとうございます所長。もちろんわかってます!」
俺も大切な部下かぁ。所長はもの凄く嬉しいことを言ってくれた。ホントに素敵な所長だ。
だけどこれで、所長から見て自分なんて、男としては見られていないってことはわかったな。所長ほどの美人で仕事ができる人から、そう捉えられるのは当たり前なんだけど。
いやいや、所長だけでなく、俺は今まで彼女なんかできたことがないんだから、ほとんどの女性から男として見てもらうのは難しいってことか。うーん、ちょっと残念な気持ちもある。
あ、いや。男とか女とか関係なしにがんばろうと、心に誓ったではないか。そうやって日々一生懸命過ごしていたら、いずれは俺も……
まだ見ぬどこかの物好きな女性から、好きになってもらえる可能性だってゼロではない……はずだ。
そんなことを考えていたら、ほのかと愛堂さんがトイレから戻ってきた。ほのかは席に座りながら、俺に声をかけてくる。
「ひらり~ん。元気ぃ~?」
──は?
ほのかの顔を見ると真っ赤だし、目が座っている。ガバガバ飲んでたから、わからなくもないが、さっきまでは、そこまで酔ってるとは思わなかった。
トイレに立って、急に酔いが回るなんてこともあるけど、それだろうか?
「お、おう。元気だよ」
「そっかぁ。じゃあ、飲もっ!」
ほのかは自分のワイングラスを片手に持って、俺の方にグイッと差し出す。俺も仕方なしにビアグラスを手にした。
「かんぷぁーいっ!」
「お、おう。乾杯!」
グラス同士をカチン合わせると、ほのかはなんとワインをグイッと一気飲みしやがった。
大丈夫か、コイツ?
まさか倒れたりしないだろうな?
栗色のゆるふわな髪がちょっと乱れて、ふわっふわって感じになってるぞ。
「あ、じゃあ平林さん……私もまた乾杯、いいですか?」
横から愛堂さんもウイスキーのグラスを差し出した。俺は今度は愛堂さんに向けてビアグラスを伸ばす。
愛堂さんも顔が赤らんではいるけど、胡桃色のポニーテールはいつもどおりきっちり整ってるし、顔つきもしっかりしている。
さすが真面目な愛堂さんだな。
「はい、乾杯です」
「うん、乾杯」
グラスがカチリと音を立てる。丁寧な愛堂さんらしい、可愛らしい乾杯だ。
「こらぁ~ ひらりん、飲んでるかぁ~」
真っ赤な顔のほのかが絡んできた。
とほほ。コイツ、既にかなり酔ってるな……
「あ、ああ、飲んでるよ。ほのかは飲み過ぎじゃないのか? 大丈夫か?」
「あたしはこう見えて、お酒には強いから大丈夫なのだぁ~」
ホントかよ?
ちょっと心配だぞ。
「あの……ほのか先輩?」
「ん? なに、ルカたん?」
「ほのか先輩、平林さんをひらりんって呼んでますよね。なんで?」
「なに言ってんのぉ、ルカたん。
「あ、いえ。それはわかってますけど。そういうことじゃなくて。それに平林さんも『ほのか』って呼んでるし……」
そりゃそうだな。急に呼び方が変わったら、誰だって疑問に思うよな。オフィスではお互いに気をつけて名字で呼び合ってたけど、飲み会でほのかも俺も気を抜いてた。
「むぅぅぅ……」
愛堂さんは、疑問……というより、なんだかちょっと悔しげな顔で唸ってる。まつ毛が長い綺麗な目と、柔らかそうな眉毛のところにシワが寄っている。
──なんでだ?
「あ、あのさ愛堂さん……」
俺は氷川さんに、俺とほのかがベストパートナーだと言われた話をした。そしてここからは、若干事実とは異なるけど、こんな説明をした。
「──で、俺たちは同期だしさ。お互いに気兼ねなくやれるように、フレンドリーに呼び合うことにしたんだよ」
「ふぅーん……」
なぜか愛堂さんは横にいるほのかを向いて、ジト目で睨んでる。ほのかは「うっ」と小さく唸って、ちょっと上半身を後ろに下げて引き気味だ。
「なんか、ほのか先輩だけ平林さんとフレンドリーって……全員がフレンドリーになった方が、営業所として良くないですか? ねえ、麗華所長」
──へっ?
なんだって?
この人たち全員と俺がフレンドリー?
なんで?
愛堂さんが急に神宮寺所長の方を向いて、そんなことを言い出したもんだから、俺は驚いた。
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