第16話:ルカは実はサッカー好き

 高校のサッカー部の時には色々とトラブルとかもあったし、ちょっとしたトラウマになってる。だからあんまり高校サッカー部時代の話はしたくないんだよなぁ。


 そんなことを考えていたら、愛堂さんはこう言った。


「あの、私…… サッカー大好きなんですよ」

「あ、そうなの?」


 へぇ、そうなんだ。

 ……って思ってたら、ちょっと離れた所からほのかも意外そうな声を出した。


「へぇ、ルカたん、サッカーきなんだ。初めて聞いたよ」

「そうですね。ここは女子ばっかだから、皆さんあんまり興味はないかと」

「うん、興味ない!」


 ニッコリ笑顔で即答かよ、ほのかさんよ。


 それにしても愛堂さんがサッカーきだなんて意外だ。そんなに活発な感じじゃないし、インドア派かと思ってた。


「まあサッカー大好きって言っても、観るだけですけどね」

「そうなんだ」

「はい」


 愛堂さんは嬉しそうに、なぜかちょっとはにかんだ。


「はい、平林君、コーヒー」

「えっ?」


 突然のほのかの声に振り向くと、俺のデスクにコーヒーを置いてくれている。さっきからガチャガチャ、なにかやってると思ったら、インスタントコーヒーを入れてたのか。


「あっ、ありがとう」

「えっ……? ど、どうしたんですか、ほのか先輩?」

「なにが?」

「だっ、だって……ほのか先輩が男の人にコーヒー入れるなんて、初めて見ました」

「あっ、いやっ、あのっ……ななな何を言ってるのかな、ルカたんはっ!? あ、あたしだって、たまにはコーヒーくらい入れるって! たまたまルカたんが見てないだけだから」

「そうですかぁ……?」


 愛堂さんにジト目で見つめられて、ほのかは焦ってる。後輩に対してタジタジだな。ほのかってすっごく気が強くて物おじしないタイプかと思ったけど、そうでもないみたいだ。


 案外気が弱くて、優しいヤツなのかもしれない。


「そ、そうだよっ! あっ……って言うか、これは平林君が、あたしの代わりに謝りに行ってくれたお礼だから」


 なるほど、そうだったのか。ほのかは律儀ないいヤツだな。


「ありがとう小酒井さん。いただくよ」

「あ、うん……」


 俺が感心して、ほのかの顔をじっと見つめてもう一度礼を言ったら、なぜかほのかは小さな肩をぴくっと震わせた。そして恥ずかしそうに視線を逸らせた。


 うーん、よくわからんな。

 律儀にコーヒーを入れてくれたことが周りに知られるくらいで、そんなに照れるほどのものなのか?


 まあ、普段は傍若無人な態度をしてるヤツだからなぁ。そんな『良い人モード』を周りに見せるのは、恥ずかしいんだろうなきっと。なるほどな。


 ──俺は、そう得心とくしんした。





*****


「ただいま」

「あ、お帰りなさい」


 しばらくすると神宮寺所長が帰ってきた。

 すぐに愛堂さんが声をかけたけど、所長は固い表情で、なんだか機嫌が悪そうだ。どうしたんだろ?


「ちょっとほのちゃん、いいかな」

「ふゎーい」


 席に着いた途端、所長がぶっきら棒な口調でほのかを呼んだ。ほのかは席を立って、所長の横に移動する。


「これ、直近のほのちゃんの営業成績だけど。目標に全然届いてないよね?」

「あ、はい……」


 所長はいきなり厳しい表情で厳しいことを言い始めた。元々ちょっと猫目がちな美しい目が、キッと鋭くなってて怖い。


 さっきは『ふゎーい』とか言いながら所長に近寄ったほのかも、さすがに顔が引き締まってる。


「どうするつもり?」

「ら、来月がんばります……」

「ほのちゃん、先月も同じことを言ってたよね?」

「は……はい」

「じゃあ来月はどうするつもり?」

「あの……えっと……」


 ありゃりゃ。いつもは強気なほのかが、テンパっちゃってるよ。顔つきも姿勢もガチガチだ。


 詳しい状況はまだ俺もわからない。だけどそう言えば、転勤前に営業部長も確か言ってたな。志水営業所は優秀な人材が揃ってるけど、業績が低迷してるって。


「あの、神宮寺所長、ちょっといいですか?」

「なに、平林君?」


 所長の美しくも厳しい目が、今度は俺をキッと睨みつけた。怖ぇ……


「僕もこれから成績を挙げていかなきゃいけませんし、一度小酒井さんと今の状況を打ち合わせして、今後どういう動きをするか、二人で考えてさせてもらえませんか?」

「えっ……?」


 所長は驚いた顔を俺に向けた。さすがモデルのような容姿の所長だ。驚いた顔も美しい。


「そうだよ所長! それがいい! そうしましょー」


 さっきまでガチガチに固まってたはずのほのかが、横で急にキャピキャピした声を上げた。コイツ……ホントにちゃんとやる気があるのかよ?


 ──ちょっと心配になってきた……


「まあそうね。自分たちで考えて行動するのは大事だから、それでいいわ。二人で考えた結果を報告ちょうだい」

「ありがとうございます、神宮寺所長」

「りょーかいですっ! 所長ぉ! 任せてくださいっ!」


 俺が頭を下げる横で、なぜかほのかは腰に手を当てて、胸を張って偉そうにしてやがる。大きな胸がプルンと揺れてるじゃないか……


 あ、いや。そんなことはどうでもいいんだ。なんでそんな自信満々な態度なんだ? まだ何も始まってないのに。


 と思ってほのかを眺めていたら、突然腰を折って所長にグイッと顔を近づけた。


「ところで所長ぉ」

「なに?」

「なにか嫌なことでもあったの?」

「はっ?」

「だって所長、いつもと違って機嫌悪いんだもん。絶対何か嫌なことがあったんでしょ?」


 うっわ。所長に向かって、なんてフレンドリーなんだよ? さっきまで叱られていたとは思えない言動だ。コイツ、ある意味凄いヤツだな。


「いや別に、嫌なことなんて……」

「あっ、わかった! 今日おっきな商談があるって言ってたでしょ? それが上手くいかなかったんだねぇー?」

「あ、いえ……う、うん。そうよ」

「やっぱドンピシャ!」

「こら、ほのちゃん! 私は自分の機嫌が悪くてほのちゃんを叱ったんじゃないからね。ほのちゃんが先月から全然行動が変わってないから言ってるのよ」

「はいはい、それはわかってます!」

「ホントにわかってんのかしら……」


 所長は綺麗な形の眉毛をハの字にして、「はぁ~」とため息をついてる。


 まあでも本気で呆れてるわけじゃなさそうだ。この二人、それなりの信頼感があるんだろうな。


「じゃあ麗華所長。気分転換のために、今日はもう早めに仕事を切り上げて、平林君の歓迎会に行こ!」

「なに言ってんの? 仕事はちゃんと終えてから!」

「あ……ふぁーい……」


 所長にピシャッと言われて、さすがにほのかもしゅんとした。相変わらず目まぐるしく表情が変わるヤツだ。


 今までは『なんかよくわからんヤツ』という印象だったけど、段々と俺も慣れてきたのか、そんなほのかの態度もちょっと可愛く見えたりする。


 ──いや、こんな気まぐれな態度が可愛く見えるなんて、俺やべぇな。気をつけよ。



 それから俺たちは、今日の残務処理をした。そして今から俺の歓迎会に向かう。


 それにしても──

 こんな個性的な女子3人に囲まれた飲み会なんて、無事に終われるのだろうか……


 俺は一抹の不安を抱えたまま、歓迎会へと向かった。

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