第13話:凛太は必死にお願いをする
なんとしてでも、小酒井さんが氷川さんに嫌われないようにしたい。
だから俺は必死になって、氷川さんにお願いをした。
「今後は小酒井と一緒に、僕もしっかりと仕事をしていきます。
すると、氷川さんはとても意外なことを言った。
「平林さんは、小酒井さんの上司なのですか?」
「あ、いいえ。小酒井と僕は同期です」
「小酒井さんと同期ですか……」
氷川さんは驚いたような顔をした。なんでだろ?
「平林さんが必死になって小酒井さんのことをフォローするから、てっきり上司の方だと思いました。違うんですね」
「あ、はい」
「平林さんは、昨日転勤してきたっておっしゃいましたよね?」
「はい、そうです」
「まだ出会ったばかりの同僚のために、上司でもない平林さんが、なぜそんなに必死になってフォローなさるんですか?」
「いや、あの……小酒井は、縁あって同じ仕事場で仕事をする仲間です。その仲間が御社にご迷惑をおかけしました。だから小酒井のためというか、御社のために、小酒井をフォローして、一緒になってがんばりたいと思ったんです」
「へぇ……」
氷川さんの表情が急に緩んだ。
すごく感心したような声を出して、笑顔を浮かべてる。俺もホッとする。
「ラグビーみたいですね。ONE for ALL、ALL for ONE……ですか。一人は全員のため、全員は一人のため……でしたっけ?」
「いや、そんなカッコいいものじゃないです。それに僕はラグビーじゃなくて、サッカー部出身ですし」
「平林さんって、サッカー部出身ですか!?」
場を少しでも和ませるつもりで言ったサッカー部という言葉に、意外なくらい氷川さんが食いついてきた。
彼女は眼鏡越しでもわかるくらい、目を大きく見開いて驚いている。
サッカー部出身ってそんなに珍しいかな?
いや、カバディ部出身ってなら、そんなリアクションもわかるけど。サッカー部出身なんて、山ほどいるだろうに。
──あ、ちなみにカバディって、攻撃する時に『カバディ、カバディ、カバディ……』と発声し続けないといけないっていう、インド発祥のあのスポーツだ。
「あ、はいサッカー部出身です。中学と高校までですけど」
「もしかして……志水東高校だった……とか?」
「えっ? そうです……けど。なんで氷川さん、ご存じなんですか?」
「あ、私、志水南高校サッカー部のマネージャーをしてたんですよ。それで東高校と試合した時、なんだかすっごく熱心な選手がいるなぁって思って、印象に残ってるんですよ」
なんと。
なんという偶然。
あ、いや、でも……
俺の出身高校はここと同じ市内だ。
地方都市のことだし、同世代ならどこかでつながっていることもよくある話だ。
よくよく聞くと、氷川さんは俺の2つ年上だった。
つまり俺が高校1年で出た試合で、氷川さんは対戦相手のマネージャーを務める3年生だったということだ。
そのことがわかって、俺と氷川さんは一気に打ち解けた。
「あの時も、ちょっと不器用だけどすごく熱心な人だって思ってたのよ。それは今も変わってないってことね」
「あはは。そう言われると、ちょっと恥ずかしいですね。成長がないって言うか」
「そんなことない。良いところは、変わらない方がいいでしょ」
「ありがとうございます」
「平林さん。小酒井さんのことは安心してください。担当者を代えてくれなんて、絶対に言いませんから」
「あ、ありがとうございます!」
良かった。そう言ってもらえて、ホントに良かった……
「でもいいなぁ、小酒井さん」
「えっ? 何がですか?」
「平林さんみたいな同期が居て、羨ましい」
「そんなことないですよ。きっと彼女は、僕のことを
「そうなんですか!? なんてもったいない。なんで?」
「あ、いや……僕にもよくわかりませんが……正直に彼女に指摘したりするから……ですかね?」
「ふぅーん、なるほど。でもさっきの平林さんの態度を見てると、それは本気で小酒井さんのことを思いやってるからでしょ?」
「まあ僕は、そのつもりなんですけどね」
「じゃあ、いいじゃないですか。平林さんは話し方もお顔も優しいし、きっと小酒井さんに通じますよ」
氷川さんはありがたいことを言ってくれる。
そうなったらいいんだが。
「そ……そうですね………」
「はい。私はそう思いますよ」
「ありがとうございます」
「それでも、もしも小酒井さんがわかってくれないなら、ぜひ平林さん。転職して、私の同僚になってくださいよ」
「えっ……?」
「私が仕事に厳しすぎるのか、私の周りの人は表面的に接するだけで、そんなに一生懸命私のためにやってくれる人はいませんから…」
氷川さんは傍目から見てもわかるくらいがっくりと肩を落として、『はぁ~』とため息をついた。
ちょっと寂しそうだ。氷川さんって美人だけど、それが余計に取っ付きにくさに繋がってるのかもしれない。
「氷川さん……」
「あ……転職の話はもちろん冗談ですよ。会ったばかりの平林さんに、こんな話をすみません。平林さんは誠実そうだし、こんな話も聞いてもらえるような気がして、ついつい」
「あ、いえ。大丈夫です。僕なんかでよければ、いつでもお話をお聞きしますよ」
「ありがとうございます」
氷川さんはニッコリと笑った。笑うとやはり結構可愛い。
この人も、色々と苦労してるんだな。
仕事には厳しいんだろうけど、ホントは優しくていい人なんだろうな。
「ところで平林さんは、彼女はいらっしゃるんですか?」
「えっ……?」
氷川さんが、突然そんなことを訊いてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます