第14話:平林さんは彼女はいらっしゃるんですか?

「ところで平林さんは、彼女はいらっしゃるんですか?」

「えっ……?」

「あ、いえ……か、彼女を置いて転勤してきたなら、大変だろうなぁ……って思って」


 ああ、そういうことか。

 いきなり彼女いるかなんて訊かれたからびっくりした。


「いや、大丈夫です。いませんから」

「でも平林さんなら、きっとすぐに素敵な彼女ができますよね、きっと」


 彼女いない歴イコール年齢の俺を捕まえて、そんなことを言ってくれるなんて。氷川さんはなんていい人なんだろう。


 でもそんな社交辞令を言わせるなんて、気を遣わせてるなぁ。


「そんなことないですよ。氷川さんこそ、素敵な彼氏さんがいらっしゃるんでしょ?」

「へっ……? ななな何を言ってるんですか平林さんっ! そんな人、いませんよぉ! もぉ、平林さんったら!」


 真っ赤になった氷川さんに、肩をバシンと叩かれた。クールな人かと思ったけど、なかなかフレンドリーな人だな。


「なに言ってんすか氷川さん。そんなに美人なのに」


 氷川さんのフレンドリーさにつられて、そんなことを言いながら、ついつい俺も氷川さんの肩を軽くポンと叩いた。


 冷静に考えれば取引先の女性にそんなことを言うのは、今どきはセクハラと言われるリスクがある。だけども氷川さんの方から俺のプライベートな話を出したし、雰囲気からついそんな話をした。


 その時突然、後ろから女性の大きな声が響いた。


「ななな何をやってるの平林君っ! ひ、氷川さん! ウチの平林が失礼なことをしまして、大変申し訳ありません! なにとぞお許しをっ!!」


 振り向くと、そこには両手を前に出して大きくお辞儀をする小酒井さんが立っていた。


 その顔は青ざめていて、まるで正義の奉行様にひれ伏す悪代官みたい。


 ──あっ。悪代官は小酒井さんに失礼だな。


「あ、小酒井さん、大丈夫ですよ。平林さんは何も失礼なことをしてませんから。二人で楽しくお喋りしていただけです」

「へっ……?」


 小酒井さんは今度は、美女が台無しなくらい、間の抜けた顔になった。小酒井さんは目まぐるしく表情が変わる人だ。


「実はさっきまでね、私も怒ってたんだけど。平林さんのおかげで、こんな感じになっちゃいました」


 氷川さんは肩をすぼめて、えへっ、という感じで舌を出した。クールな美人が見せるこんな仕草は超絶可愛いのだと、俺は人生で初めて気づいた。


 だって今まで、そんなモノは見たことないんだから。


「あの……氷川さん。いったいなにが……」


 呆然として尋ねた小酒井さんに、氷川さんが経緯を説明してくれた。しかも俺のセリフまで忠実に再現しての説明だったから、超絶恥ずかしいんだけど。




「──というわけです。小酒井さん、良い仲間を持ちましたね」

「は……はぁ。ありがとうございます」

「それにしても羨ましいです。小酒井さんって、愛されてますね」

「へっ……? あ、あい……あい……愛されてるっ!?」


 さすがに俺もその言葉には驚いたけど、小酒井さんはもっと驚いたみたいで、顔を真っ赤にしてワタワタと挙動不審な動きをした。


「ええ。仲間としてね」

「あ……ああ。な、仲間ですね……」

「はい」


 氷川さんはプッと吹き出すのを我慢しながら、笑顔で小酒井さんを見つめた。


 そうだな。仲間として愛してるというなら、まあ俺も異論はない。


「ベストパートナー、って感じがしますよ、小酒井さん」

「あ、ありがとうございます」

「では小酒井さん、平林さん。私はいただいた書類の処理があるので、仕事に戻らせていただきますね」

「あ、氷川さん! あたしのミスでご迷惑をおかけして、ホントにすみませんでした」

「あ、いえ、小酒井さん。今後はしっかりとお願いしますよ。これからもよろしくお願いします」


 氷川さんがペコリと頭を下げたのを見て、小酒井さんは深々と頭を下げた。氷川さんは穏やかな表情だし、ひと安心だ。




 先方の事務所を出て、駐車場で車に乗る前に、小酒井さんが声をかけてきた。


「平林君、ホントにありがと。書類の提出を来週だって勘違いしてた……」

「いやいや。俺だってミスするし、こんな時はお互い様だよ」

「でも平林君が迷うことなく、すぐに飛んで出てくれたってルカたんに聞いたし……感謝してる。しかもあの怖い氷川さんとあんなに仲良くなってるなんて、アンタいったいどんな魔法を使ったの?」

「いや、魔法なんてなんにも。氷川さんが説明してくれたとおりだよ。俺はとにかく一生懸命謝っただけだし」

「ふぅーん……」


 小酒井さんは、ちょっと納得したようなしないような、複雑な顔つきだ。半目のジト目。でもそれが事実なんだから、俺はそう言うしかないのだが。


「まあ氷川さんにはベストパートナーだなんて言われたし、これからも小酒井さんよろしくね」

「べ、ベストパートナー……た、確かに、そう言ってたよね氷川さん。あはは……平林君とあたしがベストパートナーだって? お、おかしい……よねぇ……?」


 ん?

 小酒井さんは、そう言われるのが嫌なのかな?

 いや……そんな感じじゃないな。


 小酒井さんはちょっと上目遣いだし、今の言い方は、なんだか探るような言い方だ。


「あ、俺はそう思ってるけど。ダメか?」

「へっ……? あ、いや……べべ別にぃ。ダメとかじゃないけど…… だって実際に、今回も平林君に助けられた訳だし?」

「そっか。じゃ、俺たちはベストパートナーということで」


 ちょっと冗談のつもりもあって、そう言った。そしたらなぜか小酒井さんは、突然あわあわし始めた。

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