第7話:ほのかのうっすーいリアクション
「どうでしたか、ほのか先輩?」
「あ、うん。オッケーだよ。内定を受諾するって」
「ホントですか? 良かったです。おめでとうございます」
「ありがと」
どうやら面談していた転職希望者が、企業から出た内定を受けたようだ。小酒井さんはかなり嬉しいようで、満面の笑み。
さっきまでは無愛想な顔しか見てなかったけど、笑うとやはり相当可愛い。フリルの付いた可憐な白ブラウス姿と相まって、まるで人気アイドルのようだ。
人材紹介会社は、転職希望者を人材が欲しい企業に紹介する。そしてその人が入社して初めて紹介料というフィーを貰える。いわゆる成功報酬だ。
人材を紹介しただけではまったく売り上げにならない。
だから転職希望者が企業の面接を受けて、企業の採用内定をもらうこと。そして転職者が内定を受諾してその企業に入社する承諾を取ることは、とても大事なことなのだ。
「小酒井さん、よかったね。おめでとう」
「ああ、はい」
あれ?
俺が声をかけたら、なぜかうっすーいリアクション。
なんで?
小酒井さんは壁際に設置してある、共用の備品入れの引き出しの中を漁り始めた。小柄だからまるで子供がおもちゃを探してるみたい……なんて思ったら失礼だな。
「あっ……」
「どうしたんですか、ほのか先輩」
「消しゴムのストックがない。あたし、昨日失くしちゃったんだよねぇ。困ったな」
「あっ、ごめんなさい、ほのか先輩。私、ストック分を注文するのを忘れてました」
「まあいっか。買ってくるよ。でも外は暑そうだからやだなぁ……お肌焼けちゃいそう」
小酒井さんは窓の外を見て困った顔をしてる。
ため息までついてるよ。
ちょっと気の毒だな。
別に彼女に好かれるためとかそんなじゃなくて……
俺もちょうど飲み物が欲しかったし、コンビニ行ってついでに消しゴム買ってくるか。
「あ、小酒井さん、愛堂さん。ちょっと飲み物買いにコンビニ行ってくるわ。ついでに消しゴムも買ってくる」
「えっ、ホントですか? 平林さん、ありがとうございます」
愛堂さんはそう言ってくれたけど、横の小酒井さんは「別に要らないけど」と淡々と言ってる。しかし俺は気にせずオフィスから出た。
きっと小酒井さんは遠慮してるだけだろうし。
◆◇◆◇◆
〈女子side〉
「ほら、ほのか先輩。平林さんって良い人でしょ?」
「なに言ってんのルカたん。アイツは私たちに気に入られようと、媚を売ってるだけよ」
「違うと思いますよ」
「いや、絶対にそうだって」
「なんで言い切れるんですか?」
「それは……さっきも言ったけど、イケメンじゃない男の親切は、下心なんだから」
「また出た、ほのか理論。それは暴論ですよ。平林さんは違うと思いますけどねぇ」
「違くない」
「だって平林さん、昨日だって私を助けてくれたんですよ」
「昨日? なんの話?」
ルカは昨夜の出来事をほのかに説明した。
「それだってあの男、可愛いルカたんを見て、仲良くなりたかっただけじゃないの」
「そんなことないと思いますよ。助けてくれた後はしつこく話すこともなく立ち去ったし、連絡先を聞かれたりもしなかったし」
「でもさ……だったらさ……えっと……とにかくひらりんだなんて、変な名前だし」
「もう理屈になってませんよ先輩。ほのか理論、破れたり。ふふふ……」
「うぐぅ……」
「まあそんなすぐに決めつけなくても、しばらく付き合えば平林さんがどんな人か、わかるじゃないですか」
「ま……まあね……」
ほのかはアイドルのような顔を歪めて、ちょっと悔しそうな顔をしている。
しかしその後は何も言わずに、自分のデスクに座って仕事をやり始めた。
「ただいまー 小酒井さん、はい、これ」
凛太が戻ってきて、消しゴムを一つ、ほのかに渡した。
「あ……ありがとう」
ほのかもさすがにノーリアクションは失礼だと思ったのか、無表情ながらも凛太に礼を言った。
「ついでにさ、コレ買ってきた。おやつタイムにでも、好きに食べてくれ」
凛太がコンビニのビニール袋から取り出したのは、ちょっと高級そうなデザートプリン4つ。
何を隠そう、凛太はプリンが大好きなのだ。
「美味しそうですね。ありがとうございます平林さん。冷蔵庫に入れときますね」
丁寧に礼を言うルカの横で、淡々とほのかが呟く。
「あたし、別に要らないけど」
「ふぅーん。じゃあ私がいただきます。新発売でちょっと高いやつだから、気になってたんですよ。ほのか先輩、ありがとうございます」
「えっ……? あっ……」
「どうかしましたか?」
「いや、別に……」
凛太がきょとんと2人を見ていたら、ルカが凛太に話しかけた。
「ほのか先輩は甘い物が苦手なんですよ。だから私が代わりにいただきます。よろしいですか平林さん?」
「あ、ああ。もちろんいいよ。小酒井さんは甘い物が苦手だったのか。確認せずに買ってきて悪かった」
「はい、そうなんです。だから今後は、ほのか先輩には一切甘い物は買ってこないでくださいね」
「お、おう。わかった」
ルカがそう言うと、ほのかは苦々しげな表情を浮かべて「うぐぅ」と唸った。
凛太は悪いことをしたなという感じで頭をポリポリと掻きながら、自分のデスクに座った。4つのプリンを受け取ったルカが、それを冷蔵庫に入れてから自分のデスクに座った。
凛太が座るデスクの向かい側には、ほのかとルカのデスクが並んでいる。ほのかは横に座るルカに顔を近づけて、凛太に聞こえない小声で睨みつける。
「ちょっとルカたん。あたしが甘い物大好きなのを知ってるくせにぃ」
「だってほのか先輩が断るから悪いんでしょ。それとも今後は、平林さんに甘い物を買ってきて欲しいんですか?」
「違うし」
「じゃあ、いいじゃないですか」
「まあいいけど……」
ほのかはまた、ちょっと悔しげな表情を浮かべた。
ホントは甘い物を食べたい気持ちが丸わかりだ。
それからは三人とも仕事をし始めた。
昼休みが過ぎてしばらくした頃、トゥルルルという一本の電話が鳴った。
「はい、株式会社リクアド、小酒井です」
ほのかが明るく電話に出たが、相手の言葉を聞いて表情が曇る。
「えっ……? ちょちょちょっと待ってください。今どこですか? ……あっ、じゃあ、とにかく今からもう一度、ウチのオフィスに来てください。……はい。……はい、よろしくお願いします」
ほのかの焦った対応を見て、オフィス内に少し緊張が流れた。
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