第8話:ほのかのピンチ
電話を受けたほのかの焦った対応を見て、オフィス内に少し緊張が流れた。
「ほのか先輩……どうしたんですか?」
「さっきの内定者の女の子、辞退したいんだって」
「えっ……? それは大変……」
「そうだよ。大変だよー 今月唯一の売り上げなのに、ゼロになっちゃうー」
ほのかは頭を抱えて、真っ青な顔になっている。
人材紹介は成功報酬なので、転職者が企業に入社しないと紹介フィーはもらえない。
ほのかにとって今月唯一の売り上げだと見込んでいた案件がぽしゃりそうなのだから、その焦りも相当なものだ。
凛太は心配になって、ほのかに声をかける。
「で、小酒井さん。その人は今からここに来てくれるんだよね?」
「あ、うん。そうだけど?」
「じゃあ俺も面談に同席させてもらえないかな? 一緒に慰留するよ」
「はぁ? あんたが?」
ほのかは怪訝な目で凛太を見る。
あんたなんか役に立たないでしょ、と言いたげだ。
──まあ実際には役に立たないかもしれないけど、同じ営業所の仲間が困ってるんだ。自分もできる限りのことをしたい。
凛太はそう考えた。
「所長からはあんたにここの仕事を実地体験させるように言われてるから……まあいいけど。邪魔しないでよ?」
「ああ、もちろん。じゃあその人が来る前に、今までの経緯とか教えてよ」
「あ……うん」
凛太はほのかから、その転職希望者のプロフィールをヒアリングした。
転職理由は簡単に言うと、今事務員として勤めている役所は決まり切った仕事が多く、これ以上の自己成長を望めないから。
ほのかはベンチャー企業を中心に数社を紹介し、その内の一社から採用内定が出たのだと言った。
内定先はSNSなどのネット広告を取り扱う会社、ウエブアド社だ。
***
「すみません。せっかく紹介いただいた企業さんですけど、やっぱりバリバリやってく自信がなくなってきました」
オフィスの応接室にやって来た真面目そうな女性は、落ち込んだ顔でそう言った。
「いやいやいや、田中さん。あなたならできるっ! 頑張りましょうよ!」
ほのかがあれこれと励ます言葉をかけるが、田中さんは自信がないの一点張り。そのうちほのかもイライラしてきて、ついつい詰めるような口調になる。
「だって先方企業には、田中さんが内定を受託したってもう伝えたんですよ? 今さらそんなこと言われても困りますっ!」
「すみません。でもやっぱり私には無理です」
ほのかは、はぁーっと大きくため息をついた。
田中さんは恐縮しきって肩をすぼめている。
「まあ……仕方ないわね。わかりました」
「ホントにすみません」
ほのかはとうとう諦めて白旗を上げた。
凛太は、憮然としているほのかの横顔を眺める。
このままではせっかくのほのかの成果が無しになってしまう。
しかも田中さんにとっても、せっかくのチャンスを逃してしまうことにならないか?
凛太はこの二人のためにも、なんとかしたいと考えた。
「あの、田中さん。ちょっといいですか?」
「はい?」
凛太は諦め顔のほのかを横目でチラッと見て、田中さんに声をかけた。
「田中さんは、もっと自己成長したいからって、今回の転職を考えたんですよね?」
「はい」
「その気持ちが変わったんですか?」
「いえ、その気持ちは変わってません。ただIT系のベンチャー企業ってすごくハードだからって友達に言われて……」
「なるほど。それは不安ですよね」
凛太が共感すると、田中さんは少しホッとした表情を浮かべた。
「でも田中さんの仰る自己成長も、できればいいですね」
「はい」
「このウエブアドさんって会社は、IT業界の中でも新入社員に対するフォローに、かなり定評のある会社なんですよ」
「えっ……? そうなんですか?」
「はい。だから、もう一度人事の人に会って、そこら辺の不安を色々と話し合ってみたらどうですか?」
「は……はあ……」
「無理にとは言いませんが、完全に断るのはそれからでもいいと思いますよ。どうですか?」
「あ……そういうことなら……」
田中さんの態度が少し軟化した。
しかしほのかが急に椅子から立ち上がって、凛太の手首をがっしと掴んで引っ張る。
「ちょっと! こっち来て!」
ほのかは凛太を応接室の外に連れ出そうとする。
「田中さん、ちょっと待っててくださいね、すみません」
凛太は田中さんにそう断って、ほのかについて廊下に出た。
ほのかはドアを閉めて、手首を離すと凛太を睨んだ。
まつ毛も長くてクリっとした可愛い目なのだけれども、相変わらず睨むと怖い。
「ちょっとアンタ! いい加減なことを言わないでくれる?」
「いい加減じゃないよ。ウエブアドが新入社員フォローにかなり定評のある会社ってのは事実だろ?」
「それはあたしも知っているけど、ここの志水支社の人事担当者は頼んないヤツで、面談なんかさせたら逆効果なの!」
「ああ、そういうことか……」
「そうよ」
「じゃあフォローしてもらおう」
「フォロー?」
「俺、東京にいる時にこの会社と付き合いがあってさ。本社人事部に知り合いがいるんだ。その人にフォローのお願いをしていいかな?」
「なんであんたがそこまで一生懸命になるのよ? 自分の成績にもならないのに」
ほのかは眉を寄せて、怪訝な表情を見せた。
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