第6話:ほのかとルカの洗面所談義
◆◇◆◇◆
〈女子side〉
ほのかとルカは、トイレの洗面台に二人並んで話をしている。女子トイレの洗面台前は『女子の会議室』と呼ばれるくらい、様々な本音が飛び交う場所。
「ほのか先輩。いくらなんでもあれは、あからさま過ぎて失礼ですよ」
「せっかくパックしたのに、努力が無駄になったぁ。やっぱりイケメンじゃなかったよぉ。私の時間を返せ~」
「そうですか? 平林さんって優しい顔つきだし、まあまあイケてるんじゃないですか?」
「あれっ? もしかしてルカたん、あの男気に入ったの? 『良いお名前ですね』なんて言ってたし。でも別に良い名前でもなんでもないよね。
──それは『ケロリン』。
そもそも名前を縮める必要もない。
ルカがそう思っていたら、ほのかはさらに無茶苦茶なツッコミを入れた。
「それともルカたん。まさかアイツが『憧れの先輩』を超えたとでも言うの?」
「あ、いや……」
ルカはちょっと考え込んでから、微妙な顔つきで答える。
「そういうわけじゃないですけど」
「でしょー? ルカたんの憧れの人を超える人なんて、そうそう出てこないんでしょ?」
「まあ、そうですね」
「じゃあ、あんまりあの男の肩を持つのはやめようよ」
「でも平林さん、いい人そうだし……かわいそうですよ」
ほのかはルカに向いて、立てた人差し指を左右に「チッチッチ」と揺らす。
手を動かすのと同時に、豊かな胸も揺れている。
「ルカたん。もっと男を見る目を養わないとダメだよ。優しそうでいい人だなんて、下心があるに決まってる」
「なんで決めつけるんですか?」
「あのねルカたん。イケメンは自分に自信があるから女に媚を売らないけど、そうじゃない男の優しさは、媚を売ってるだけなのよ」
──なんという偏見。
この人はいったい何を言ってるんだろう……
何か不思議な生物を見るような目でほのかを見つめるルカ。
先輩こそ男を見る目を養ってくださいと言わんばかりの表情だ。
「そうでしょうか? 平林さんは、ホントに良い人だって気がしますけど」
「まあいいよルカたん、しばらく様子を見たら。きっとルカたんは『私が間違ってました~』って私に言うから」
ほのかはニヒっと笑って、ルカの肩をポンポンと叩く。ルカは肩をすくめて、首を傾げた。
◆◇◆◇◆
〈凛太side〉
愛堂さんは親切丁寧に、事務所内の備品の位置や使い方、書類やシステムの利用方法をレクチャーしてくれた。
この子はきっと頭がいいのだろう。説明がわかりやすいし、教え方が的確だ。
「他に何かわからないことはありますか、平林さん?」
「あ、いや……すごくわかりやすかったから大丈夫だよ。ありがとう」
「あ……こ、こちらこそ褒めていただき、ありがとうございます」
ありゃ。
愛堂さんは恥ずかしそうに下を向いてしまった。
ちょうど所長は外出しているし、小酒井さんは応接室で転職希望者さんと面談中。
オフィスの中には俺と愛堂さんだけだから良かったものの、もしも他の人がいたら、俺が何か愛堂さんに変なことでも言ったのかと勘ぐられてしまうところだ。
わかりやすい説明だし話すことそのものは苦手じゃなさそうだけど、恥ずかしがり屋なのかな。
ちょっと強張った顔をしていることも多いし、やっぱりコミュニケーションはちょっと苦手そうだ。
──と思って愛堂さんを眺めていたら、急に顔を上げて、小声で訊いてきた。
「あの……平林さん……もしかして、昨日の晩、駅の近くを歩いてませんでした?」
「えっ……? ああ、歩いてたよ。晩飯食ってコンビニ寄って、それから家に帰った」
「やっぱり……」
「え? なんで愛堂さんが知ってるの?」
「平林さん、酔っ払いに絡まれてる女の子を助けませんでしたか?」
ありゃ。
もしかして、アレを見られてたのか?
ちょっと恥ずかしいな。
「あ、ああ。助けた……ってほどじゃないけどね」
「やっぱり平林さんだったんですね。今朝お会いした時から、もしかして……とは思ったんですけど。昨日は暗かったし、服装や髪型も違うし、ちょっと自信がなかったんですよね」
「もしかして、愛堂さん……あれを見てたの?」
「見てたって言うか……助けていただいたの、私です。その節はありがとうございました」
「えっ……?」
まさか。
昨日の子は眼鏡をしてなかったけど……
俺がきょとんとしていたら、愛堂さんは「あっ」と何かに気づいたように小さく声を出して、すっと眼鏡を外した。
「ほら」
「ああーっ……ホントだっ!」
うわっ、びっくりした。
昨日の女の子は愛堂さんだったんだ。
愛堂さんって、やっぱり眼鏡を外すとめちゃくちゃ整った顔をしている。グリーンがかった鶯色の瞳がすごく綺麗だし、長いな、まつ毛。
まあ眼鏡をかけていても知的で美形なメガネ女子って感じなのだけれども、眼鏡を外したらこれはもう、正統派の美少女だ。
「私、仕事以外ではメガネを外してるんですよ。昨日はコンタクトをしてなかったので、はっきりと平林さんの顔が見えてなくて……お礼が遅くなってすみませんでした」
愛堂さんがペコンと頭を下げると、
「あ、いや……どういたしまして。まさかおんなじ会社の人だったとは……ちょっと照れるなぁ」
「平林さんのおかげで助かりました。このご恩は一生忘れません」
「いやいや、一生だなんて大げさな」
俺が慌てて両手を振ると、愛堂さんはまだちょっと固い表情だけども、笑顔を返してくれた。
その時、オフィスの入口のドアがガチャリと開いて、小酒井さんが面談から戻ってきた。
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