第35話 有給休暇編①

 異世界管理局には当然ながら働く人々がいる。多くの方が日夜、転生者が快適に楽しく過ごせるように勤めている。

 そして管理局の掲げる“快適で楽しい異世界ライフ”は、転生者はもちろん。


 労働者も例外ではない!!


「スイマセン、ワスレテマシタ…」

 カタコトになるマトラにザックさんは言う。

「有給をあと二日と半日とらなきゃいけないんだけど、いける?って言っても取ってもらわなきゃ困るんだけどね」

「えぇと、出来る限り早く決めてご連絡します。少し時間を下さい」

「すぐすぐ決めろって訳じゃないから大丈夫。ただ『ちゃんと忘れずに有給消化してね』ってこと。用件は以上なんだけど、なにか聞きたいことある?」

 マトラは手を挙げる。

「カグラも有給が溜まっているんじゃないでしょうか」

「いんや、溜まってないよ。定期的に休んでるからね」

 チッ、道連れは無理だったか。

「とにかく、休みを取りなさい。これは規則だ」

「は、はい……」

 マトラはどうしたもんかと考えながら、「失礼します」とその場を去った。


───*───*───*───


「いいことじゃないですか」

 マトラの話を聞いたトームはそう返してきた。

「でも、いきなり休めと言われてもねぇ。なにか予定があっての休みならともかくとして……」

 ツラツラと文句を述べるマトラにトームは言う。

「でも休まなきゃいけないなら、どっかでとらなきゃですよね。クヨクヨ考えてても仕方ないかと」

「……確かにそうかもしれん。ありがと」

 トームの言葉に少し励まされ、ひとまず取れる日を決める。

「マトラさんが休みの日は私がカバーしますので」

「全部カバーしなくても大丈夫。トームさんにはトームさんの仕事があるからね。手が空いた時に取り掛かってくれればいいよ」

 そう言って、ふと落とした視線がとある本のタイトルに止まる。

『誰でもできる異世界術のコツ』

 私の視線に気づいたトームがその本を手に取る。

「私も少しはマトラさんの力になれればと!」

「今でも十分力になっています、と前にも言いましたけれど……トームさんの思いを無下にも出来ないね。これ、少し見てもいい?」

「どうぞどうぞ」

 本を受け取りパラパラと斜め読みする。

 基礎的な部分はキチンと書かれている。大筋は間違っちゃいないが応用はあまりアテにならなさそうだ。これなら──。

「トームさん、異世界術については私が教えるのでご心配なく」

「え、でもそれじゃマトラさんの時間を割いてしまうと……」

「大丈夫です。そのくらいは新人教育のうちですので」

 頑張ろうとするならば、強くなりたいと願うならば、その気持ちは尊重してあげねば。

 ありがとうございます!と頭を下げるトームにまぁまぁとマトラが返す。

「でもまずマトラさんは有給消化しなきゃですよね」

「あ」

 しまった、また忘れかけていた。

 やることは沢山ある、しかし休みを取らなきゃいけないこの状況。

「仕事って大変だなぁ」とマトラ。

「どこの世界でも同じですねぇ」とトーム。

 二人のボヤキはフワフワと宙を舞い消えていく。上司のザックが、クシュンとくしゃみをした。



────つづく


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