第32話 六感覚
「もう一回言うが…」
ホワイングは全員の顔を見る。
「地獄に殴り込みをかける」
スケロクがニカッと笑う。
「いいねぇ、カチコミか」
「いや、スケロク。カチコミとはまた違うぞ」
「ん?」と片眉を上げるスケロクにホワイングは説明する。
「あくまで『非常時における緊急戦闘訓練』という名目で地獄を襲撃する」
ここで手を挙げたのはフォーゼだ。
「なんだね、フォーゼ君」
「…大前提の確認からいいですか?」
フォーゼは不穏な空気を纏いながら続けた。
「これは戦わなければならないんですか?」
「そうだのぅ……。戦わなければならないと判断した」
「そうですか。では戦わなければならないと判断した経緯をお願いします」
フォーゼの眼差しにホワイングは答える。
「まず先日、地獄の閻魔に連絡を取った」
ホワイングは腕を組み、ウーム、と唸る。
「結果は知っての通り、この襲撃の許可は閻魔自身が出していた。だが──」
フォーゼは黙って聞いている。
「ありゃ、閻魔じゃないな。閻魔のフリをした誰かだ。ワシの直感がそう言っておる」
「だから争うと?」
「フォーゼよ、ワシの“異世界”は何か知っておるだろう」
「もちろん。“六感覚”ですよね」
マトラは話の理解に頭をフル回転させていた。
第一界、ホワイング局長の“異世界”。
その名も“六感覚”
視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚そして直感の六つを極限まで高めることが出来る。
化け物並の六感覚に異世界を渡り歩き、鍛え上げられたその肉体はまさに死角無し。なによりも厄介なのが“直感”である。
『次に攻撃がどこからくるか』
『次に敵がどう動くか』などなど
これらが“直感”的に分かるのだから手のつけようが無くなる。もはや未来予知に近いレベルだ。
「その六感覚のうち五感は閻魔を本物だと判断したんじゃ。この意味がわかるかの?」
フォーゼは黙って目を細めるだけだ。
「ワシの直感だけが言ったんじゃ。この閻魔は偽物だと。少なくともワシ以外では見抜けない可能性が高い」
「……連絡は音声通話のみですか?」
「テレビ電話じゃったよ。タブレット端末での」
フゥ、とため息をつきフォーゼは吐き捨てる。
「だとしても、もっと慎重になるべきです局長。地獄と正面切ってやり合えばタダじゃ済みませんよ」
「すでに、お互い無傷なんてのは出来ないじゃろ。少なくともこちらは傷を負った」
フォーゼの目の奥に怪しげな光が指す。その右手を刃に変身させた。
「ホワイングさん。私は平和を求めてこの異世界管理局に来ました」
「現世にいた時、私が生まれた国では紛争が絶えなかった。勉強も満足に出来なくて、その日、その日を生きていることに感謝していたものです」
そのただならぬ気配に会議室がピリつく。
「我々は軍ではない。地獄との戦争をするくらいなら……」
「おい!フォーゼ、てめぇ!」
スケロクが叫んだのも束の間。フォーゼはその刃を振りかぶる!
「ここで争うのもやむなし!」
──────つづく
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