第3話 加入、そして転生

「異世界で何かトラブルがあったときの保険です」

「トラブル?」

「例を挙げ出したらキリがないですが、パーティーメンバーや他の転生者とのいざこざを防いだり。いざ転生した後、やっぱ思ってたのと違くて再転生だったりオプションを変更したい場合、保険に入ってなければ出来ません」

「そういう変更も保険の一部なんですね」

 というか、そもそもの疑問が一つ。

「あのー、質問いいですか」

「はい、なんなりと」

「保険と言ってますが、こちらは何か払わなきゃいけないものがあるんですか」

「寿命です」

「え?」

「ヤマノウチ様の寿命の一部を払っていただきます」

「………」

 即答するマトラに俺は言葉を失う。黙っている俺に淡々と続ける。

「ちなみにヤマノウチ様の残り寿命は48年と3か月。そこからオプションや保険で引かれた寿命が異世界で活動できる時間となります」

「オプションとかってどれだけ取るんですか」

 マトラは別資料を取り出す。

「ステータスMAXは一つにつき一年、スキルはピンからキリまでですが農業系スキルなら比較的お手ごろになっています。やはり人気は戦闘系のスキルです。ド派手でカッコいい」

「RPGの異世界なら戦闘系の一択では?」

「時々、そういう異世界でのんびり暮らしたいって人もいるんですよ。隣の喧騒を見ながら平和な日々を過ごしたいと」

 へぇ、なるほど。いろんな人がいたもんだ

「すいません、話が脱線しました。保険の話でしたよね。戦闘不能になっても何回か無条件で生き返る“蘇生保険”や思ってた異世界と違う場合の“再転生保険”がオススメですね」

「みんな入ってるものですか?」

「この二つについては9割の方が保険に加入しています」

「寿命を削ってでもですか?」

 マトラの表情が一瞬止まる。少し考えるように顎をさすり、うーんと唸る。

「なにか勘違いされているようですね。ヤマノウチ様」

 その真っ直ぐにこちらを見る目に、迷いなど無いのは明白。

「私たち管理局員は皆様が現世で生きられなかった時間の幾分かでも謳歌してほしいと願っております。そのための異世界であり、保険システムです。たとえ異世界へ転生出来たとしても待っているのが苦痛ならば何の意味もありません」

 人生は長さではなく、質だということか。確かに一度死んだ命だ、拾えるだけ儲けもんなのかもしれない。

「全てヤマノウチ様のご判断で、後悔のなきよう」

「そうですよね、分かりました──」

 俺はこの残された時間に胸を膨らませることにした。


     *   *   *


 4時間後。

 ところ変わり転生室。ここは各ブースに魔法陣が設置されており、そこから転生を行う。

「よくお似合いです。ヤマノウチ様」

「そうかなぁ、うん、まぁ、ありがと」

 こんな美人に言われたらお世辞と分かっていても照れてしまう。俺はフード付きローブと杖、そして勇者の標準装備をつけて転生室に来ていた。

「では改めて、今回の転生の確認をします。RPG世界への異世界でオプションは知力ステータスMAX、加入保険は“蘇生保険”と“緊急脱出保険”になります。オプション及び保険によりヤマノウチ様の残り寿命は28年と3ヶ月になります」

 魔法陣が光り出す。出発の時が近いのが分かる。杖を強く握る俺の緊張をマトラは見逃さない。

「大丈夫です。あなたは生まれ変わるのですから、自信をもって下さい」

 魔法陣の光が増し、二人を煌々と照らす。

「入り口が開きました。それでは行ってらっしゃいませ」

 マトラの深々と頭を下げ、俺を送る。

 光の中進む俺の体を、温かい光が包み、まだ見ぬ世界へと運んでいった。

 


─────つづく


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