『嫉妬』の魔人バハムート

 アルベロたちが向かった二番目の村でも、魔人は現れなかった。

 そして三番目。魔人が出現する可能性が八割ある村にて。

 リデルは、仲良くなった子供たちと一緒にボール遊びをしていた。


「ねーちゃんすっげぇ!!」

「おれ知ってる! これできるのすごい大人だけだ!!」


 リデルは、足だけでボールを巧みに蹴り浮かせていた。

 足の扱いはリデルにとって戦闘の要だ。ボールを使った繊細な動きは毎日かかさず行っている。その動きが、子供たちには魔法のように見えたそうだ。

 リデルはボールをけり上げ、キャッチする。


「っと……はい、こんな感じ。どうかな?」

「すごい!」「お姉さん、わたしにも教えて!」「すっげー!」


 ワラワラと子供たちが群がり、リデルを囲む。

 弟や妹がいたリデルは、子供の扱いが得意……というより、子供が好きだった。

 そんな光景を、アルベロとキッドは遠くから眺めている。


「平和だなぁ……」

「ったく。魔人は本当に現れるのかね」

「……『予言』では、ここに現れる確率は八割らしい。さすがの生徒会たちも、戦闘準備をしているみたいだぞ」

「ああ……だが、府に落ちねぇな。なんで住人を避難させない」

「魔人が現れるのは明日。今日は荷物の整理をして、午後になったら隣村に移動することになっている。なるべくこの村を戦場にはしたくないけどな……って、お前、話聞いてたのかよ」

「忘れた」


 キッドはポケットから携帯用ボトルを取り出し蓋を開ける。

 アルベロは匂いでわかった。


「おま、酒かよ」

「オレにとっての燃料なんだよ」

「ったく……酔っぱらい」

「あいにく、この身体になってから酔ったことないんでね」


 そう言い、ボトルを傾ける。

 アルベロも少し喉が渇いていた。


「アーシェから飲み物もらうか……」

「つまみももらおうぜ」

「……だな」


 二人は、アーシェたちがいる村の宿へ歩きだした。


 ◇◇◇◇◇◇


 遊び疲れたリデルたちは木陰で休んでいた。

 子供たちは、さきほどからひっきりなしにリデルに質問をする。


「お姉さん、すっごく強い召喚士なんでしょ?」

「んー、そうかもね」

「ねえちゃん、おれを鍛えてくれ!」

「そ、それは無理……アタシも修行中だから」

「おれ、ねえちゃんと一緒に冒険の旅にでたい!」

「ふふ、男の子だね。そうだね……もうちょっと大きくなったらね」

「やったー!」


 リデルは、楽しかった。

 任務ということを忘れそうになるくらい。平和だった。

 だからこそ、油断した。


「お姉さん「やっほー……───滅ぼしに来たよ」ぶっふぇ?」

「え……」


 褐色の少女が、リデルの目の前にいた少年の胸に、爪を突き刺した。

 少年は吐血───目がぎゅるんと回り、血を吐いて倒れた。

 

「んー……けっこう小さい村ね。まぁいいや」

「な、なんで……? ねぇ、ねぇ!!」

「お、ねえさ……」


 リデルは、少年を抱き起した。

 少年は血を吐き、涙を流し……そのまま動かなくなった。


「い、いやぁぁぁーーーッ!!」

「おかあさぁぁーんっ!!」「ぱぱぁーーーっ!!」


 残りの子供たちが逃げ出した。

 だが、それは悪手───リデルは叫ぶ。


「───駄目ッ!!」


 だが、遅かった。

 褐色の少女がニヤリと笑い、口をガパッと開けたのだ。


「ガァッ!!」


 口から炎が吐かれ、子供たちを一瞬で炭化させる。

 断末魔の叫びもなく、子供たちは一瞬でこの世を去った。

 褐色の少女───『嫉妬』の魔人バハムートは、口から残り火を吐きだす。


「フッ!!……さぁて、十個めの村。今度はどうやって滅ぼそうかなぁ」

「───アンタ」

「ん?───おおっ!?」


 ドゴォン!!と、リデルの回し蹴りがバハムートの首をへし折ろうとした。だが、バハムートはその首狩りを腕を上げてガードする。あまりの衝撃に地面が砕け、バハムートの腕が痺れた。


「っつぅ~……へぇ、やるじゃん」

「アンタ……なに? なんで? どうして殺したの?」

「決まってんじゃん。それがウチの仕事だから。それにしてもアンタ、なかなかやるね。今の蹴り、まともに喰らったらヤバかったかも」

「…………」


 リデルの両足は、すでに『レッドクイーン』に変化していた。

 装甲が展開し、蒸気が噴き出す。形状が変化し、片足に四つずつ、合計八つの『噴射口ブースターユニット』が展開される。

 バハムートはリデルの両足を見て、眉をピクリと動かした。


「ああ、あんたも『混じった』やつか……ほんと、何考えてんだか。馬鹿じゃん?」

「───黙れ」

「ん、怒ってるの? ああ、安心して。あんたもちゃんと───」


 ───リデルの姿が一瞬で消え、バハムートの背後へ。

 そのまま繰り出された踵落としが、バハムートの脳天に突き刺さった。


「ぐがっ!?」


 ものすごい衝撃音と共に、バハムートが地面に激突し、巨大なクレーターが形成される。

 バハムートは頭から緑色の血を出し、それを指で拭い……ペロッと舐めた。


「やるじゃん……あぁ、痛ったぁ~」

「───許さない」

「へぇ?……いい殺気じゃん」


 リデルは、相手が『嫉妬』の魔人ということに気付いていない。

 だが、目の前で殺された子供が、自分の弟や妹と重なった。

 リデルの中に、ぐつぐつと煮えたぎる熱───怒りがわいてきた。


「アンタは絶対に許さない!! アタシが……アタシがブッ倒してやる!!」

「いいね、あんたすっごくいいよ。じゃあ……遊ぼうか!!」


 リデルとバハムート。二人の戦いが始まった。

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