リデルVSバハムート①/レッドクイーン・レクイエム

 バハムートは口から緑色の血を「ペッ」と吐きだし、首をゴキゴキ鳴らす。そして両腕、両足をしっかり柔軟運動させ、リデルに向き直った。


「さーて。ウチとやるってんなら気合入れなよ。ウチ、あっちの世界じゃ最強レベルの召喚獣なんだから」

「……だから何? アタシ、アンタを許さないんだから!!」


 両足のブースターユニットが火を噴き、リデルの『バスターキック』がバハムートの腹に突き刺さる。

 ズドン!!と爆音が響くが……リデルは目を見張る。


「っつぅ……やるね」

「なっ……う、受け止めた!? アタシの蹴りを」

「らぁっ!!」

「わぁっ!?」


 バハムートはリデルの前蹴りを正面から両手で摑んで受け止め、そのまま思いきりぶん投げた。

 投げられたリデルは、ブースターユニットをふかし空中で態勢を整える。

 すると───狂気の笑みを浮かべたバハムートが、両拳を握り迫ってきた。


「ヒャァッハァ!!」

「っぐぅっ!?」


 すかさず、『レッドクイーン』の装甲を開き足を上げる。

 バハムートの拳は装甲に直撃───なんと、亀裂が入る。

 リデルは痛みに顔を歪めた。いくら金属の脚でも、リデルの脚なのだ。痛みはリンクしている。

 だが、気合で痛みを振り切った。


「っだぁぁっ!!」

「!?」


 リデルは、殴られた衝撃を利用し反転。さらにブースターをふかし、バハムートの拳の威力プラスブースターの噴射の速度を合わせた回転蹴りを繰り出した。

 防御から一転、反撃。これは完全なリデルの戦闘センスによる切り替えだった。

 能力を使用しない接近戦ではアルベロよりも強いリデルの蹴りは、拳を突き出したままの無防備なバハムートの脇腹に命中した。


「~~~ッ!! げはぁっ!?」


 バハムートは吐血、地面を転がった。

 そして、脇腹を押さえすぐに立ち上がる。何度かさすり、「ペッ」と口から血を吐く。

 長い白髪をブンブン振り、リデルを睨み笑った。


「やるじゃん」

「……どういう身体してんのよ。今の一撃、人間だったら即死級の一撃なのに」

「ウチは召喚獣だよ? 効いたけど……この程度じゃ死なない」

「だったら……死ぬまで蹴る!!」


 両足のブースターをふかし、リデルは飛んだ。

 ブースターは合計八つ。一つ一つの噴射を自在に制御し、空中で複雑な動きをして敵を翻弄する『立体軌道ステラ・オービット』を使い、バハムートを惑わした。

 だが、バハムートはニヤリと笑う。


「忘れた? ウチは召喚獣……『能力』があるんだよ!!」


 召喚獣もまた、人間とは段違いの身体能力を持つ。

 バハムートは大きく口を開け、迫るリデルに向けて青いブレス・・・・・を吐きだした。


「───えっ!?」


 青いブレスはリデルの右足に直撃───なんと、脚が凍り付いた・・・・・

 噴射口ブースターユニットが凍り付き、リデルは空中でバランスを崩す。すると……そのタイミングを待っていたかのように飛び出したバハムートの蹴りがリデルには見えた。

 神業とも言える左足だけの噴射口制御で、リデルはバハムートの蹴りを回避───だが、完全に回避できず、左足を削られた。


「あ、っがぁぁぁっ!?」

「チィィッ!! 避けんじゃねぇよ!!」


 左足の噴射口が砕け、金属部品や歯車がバラバラと落ちる。装甲の一部が割れ、機械部分がむき出しになってしまった。

 リデルは地面に落下し、何度も転がる……打ち身や打撲、さらに顔や手など皮膚が露出している部分から血が出た。

 すると───バハムートはさらに口を開けた。

 リデルは気合を入れ、その場から転がる。

 だが───間に合わない。


「ギャァァァァァァァァガガガガガガガガガガッ!?」


 感電した・・・・

 紫のブレスがリデルの身体を覆った瞬間、全身が痺れたのだ。

 バチバチ、バチバチとバハムート口から紫電が見えた。


「痺れたかな?」

「あ、ぐ、ぁ……」

「これがウチの能力。『龍王炎ドラゴンブレス』さ。ウチ、いろんな属性の炎を自在に吐けるんだよ。単純に燃やすのも、凍らせるのも、電気を吐くことだってできる」

「な、にそ、れ……」

「フン。種明かしは終わり……あんた、強かったし、楽に殺しはしないよ」

「あぐぅっ……」


 バハムートは、リデルの髪を掴んで持ち上げる。

 そして、凍り付いた右足を思い切り踏み砕いた。


「い、ガァァァッ!?」

「へぇ~、こんな鉄の脚なのに痛いんだ。これ、皮膚? 金属バラバラになっちゃったわ」


 右足が、膝下から砕け散った。

 人生二度目の四肢喪失。左足も全く動かず、リデルは武器を失った。

 そして、バハムートはニヤリと笑う。


「あんたは最後に始末してやるよ。見せてやる……ウチが村を徹底的に殺し壊すところ。ウチに手傷を負わせた報いを受けるんだね」

「や、やめ……」

「やなこった」


 バハムートは、リデルを引きずって歩きだした。


 ◇◇◇◇◇◇


「はぁ~?……ったく、なによこれ。もしかして被ったのぉ?」


 村に入ってすぐ、異変に気付いた。

 村は、地獄のような光景だった。

 大量の魔獣が村の外から押し寄せていたのだ。


「チッ……ミドガルズオルムか。襲う村、被ったわけかぁ……ったく、ここはウチが唾つけた村だってのにぃ」

「…………」

「お? あれ、あんたの仲間? 似たような黒いの着てるし……あ、ミドガルズオルム、戦ってるね」


 リデルにも見えた。

 ミドガルズオルムと呼ばれている青年が、アルベロと向かい合っていた。

 キッドはいない。村に入り込んだ魔獣は、アーシェやエステリーゼたちで対処している。

 そして……恐れていたことが起きてしまった。


「お?……ああ、来た来た。見なよ。住人がこっちに逃げてくる。ああ、ミドガルズオルムの魔獣から逃れようと、魔獣がいない場所を狙って逃げたんだ」


 住人が、こちらに向かってくるのが見えた。

 赤ん坊を抱いた母親、老夫婦、父に手を引かれる子供、少年少女……それらが、リデルとバハムートのいる場所へ向かって走ってくる。


「だ、め……ダメ!! こっち来ない「うるせーよ」っが!?」


 バハムートはニヤニヤ笑い、リデルの頭を踏みつけた。

 そしてしゃがみ込み、リデルの口を押さえ顔を掴む。

 

「お好みのコースは? 丸焼き、氷漬け、感電死、鎌鼬によるバラバラ死、水死、圧死……なんでもいいよ? ウチならできる」

「やめて、やめて、やめてぇぇぇぇ!! お願いやめて!!」


 そして───住人が来た。

 立ち止まり、バハムートを……リデルを見た。

 小さな男の子が、リデルを見て叫ぶ。


「おねえちゃん!! おいお前、おねえちゃんに酷いことするな!!」


 リデルがこの村に来て仲良くなった男の子だった。

 バハムートは嗤う。


「安心しなよ。酷いことはしない……酷いことされるのは、お前たちだからさ!!」

「やめてぇぇぇぇーーーーーーっ!!」

「スゥ───…………ガァァァァッ!!」


 バハムートの口から吐き出された炎が、逃げてきた住人たちを焼く。


「ぎゃぁぁぁぁぁーーー!!」

「あづいぃぃぃぃっ!!」「いぎゃぁぁぁっ!!」

「ママァァーーーーーーっ!!」「ぎぃぃぃぃっっ!!」


 わざと、火力を押さえていた。

 一瞬で炭化しないように、全身丸焦げのまま住人たちは転げまわる。


「ぁ……ぁ……」

「うっひゃひゃひゃ!! 見てよ、地面でのたうち回って踊ってるみたい♪」


 リデルは見た。

 リデルを庇おうとしていた男の子が───黒焦げになった手を伸ばしたのを。

 リデルは、その手を掴もうと手を伸ばす……が、届かなかった。


「あ、あぁあ……あ、あぁぁ」


 ボロボロと涙がこぼれた。

 リデルはまた救えなかった。

 力があったのに。ずっと頑張ってきたのに。


「はぁ~あ……おしまいかぁ。じゃあもういいや。ウチ、ミドガルズオルムに文句言ってこなきゃ。じゃあね」

「───ごぷっ」


 バハムートの爪が、リデルの背中を貫いた。


 ◇◇◇◇◇◇



『───リデル!』



 ◇◇◇◇◇◇


 可愛らしい、女の子の声がした。

 いつの間にかしゃがみ込んでいたリデルは顔を上げる。

 すると、そこにいたのは───。


『リデル!』

「───ピンク」


 可愛らしい桃色の小さな蜘蛛、リデルの召喚獣ピンクだった。

 ピンクは、半透明になっていた。リデルが手を伸ばすが触れられない。


「ピンク……」

『リデル……ごめんね』

「え……?」

『わたし、リデルに恨まれるかもって思ってた……リデルに生きてほしいから、わたしの全部をリデルにあげて、リデルは必要のない力を背負って……今、こうして苦しんでる』

「ピンク……」

『わたし、リデルに生きててほしい。わたし、リデルが大好き。わたし、リデルが』

「ピンク、アタシもピンクが大好きだよ」

『え……?』

「恨んでなんかいない。アタシは、ピンクがくれた力のおかげで生きている。あのね、聞いて……アタシ、仲間ができたの。家族はもういないし、ピンクもいないけど……大事な友達や仲間ができたの」

『ほんと? リデル、寂しくないの?』

「ピンクがいないからちょっと寂しい……でも、アタシは大丈夫。夢も忘れていない。頑張ってるよ」


 リデルはピンクに触れようと手を伸ばす。

 透き通った身体に触れることはできないが、それでもピンクの暖かさを感じた。

 

『わたしの大好きなリデル。よかった、本当によかった……』

「……ピンク?」


 ピンクの身体がふわりと浮かぶ。

 そして、キラキラと輝きだした。


『リデル。負けないで……リデルなら、きっと大丈夫。わたし、本当の意味で、リデルと一つになる。リデル……負けないで』

「ピンク……うん! アタシ、負けないから! これからもっと頑張るから! ユメも叶えてみせる! だから……一緒に、一緒に頑張ろう!」

『うん!』


 ピンクが粒子となり、リデルの身体に吸い込まれていった───。


 ◇◇◇◇◇◇


 バハムートは、リデルの背中から爪を引き抜き、ミドガルズオルムに文句を言うため歩きだす。

 そして───気が付いた。


「あん?───まーだ生きてたの?」

「…………」


 リデルが立ち上がっていた。

 壊れた左足だけで立ち上がり、うつむいているので表情は見えない。


「ったく、しぶと───」


 リデルが顔を上げた瞬間、バハムートの背すじが凍り付いた。

 リデルの眼が、今までにないくらい輝いて見えたのだ。


「ピンク───いこう」


 リデルは微笑み、胸を押さえ───笑った。


「『完全侵食エヴォリューション』」


 リデルが呟いた瞬間、リデルの両足が一瞬で復元された。

 復元だけではない。形状が変わり大きくなる。さらに侵食が進み、脚だけでなく全身を赤い装甲が覆いつくした。

 身長約ニメートル、真紅の全身鎧フルプレートアーマーだった。

 下半身は貴婦人のスカートのように装甲が広がり、上半身は細身で女性的なラインだ。顔の部分は女性の仮面をかぶったようで、どこか機械的に見え、後頭部からは桃色の髪が腰まで伸びていた。

 バハムートは、一筋の汗を流す。

 

「嘘……また、交わったの・・・・・?」


 完全侵食状態のリデルは、構えを取った。


「いくよ『レッドクイーン』……本気でブッ潰す!!」


 バハムートとリデルの戦いが、再び始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る