第2話
文香、ふざけたやつだったけど、本当にあそこですべて終わって良かったのか?
その答えを、今探しに行こう。
数十秒の間だろうか。真っ白だった目の前が元に戻ったのは。
しかし、それはさっきまでいたはずの魔法陣がある部屋ではなかった。
「ねえ、何か出そうで怖いよ。本当に、この場所で合っているの?」
「確かこの森を超えた先だ。そこに文香はいる」
光景は、文香と戦う前のジャングルそのままだった。隣にはダルクとメルア、それにルナ。
会話も、あの時と全く同じだ。
俺とメルアは、あの時に戻ったんだ。
「信一君。これから、文香ちゃんとの戦いだね。あの約束。絶対に果たそうね」
メルアの拳を握りながらの、一言。彼女が、さっきまでの記憶を持っていることがよく理解できた。
「約束、あんなクソ野郎となんかしたのか?」
「いいや、何でもないよ」
ダルクは、あの時の文香との戦いの記憶のままになっている。ということは、ルナもそうなのだろう。
メルアが指さした先。その道の先には光がさしている。
俺たちは再び息をのんで覚悟を決めた後、道の先へ。
ジャングルを抜けると、そこは何もない草原が広がっていた。
向こうの地平線が見えるくらいの、広々とした丘。
そして、その中心に彼女はいた。ここまでは、一回目の戦いと全く同じだ。
「信一、あれ文香じゃねえか?」
ダルクのセリフも、全く同じだ。
確実に、俺たちは以前と同じ時間をたどっている。
どうやらシェルムさんの言葉通り俺たちは時をさかのぼったようだ。
文香との戦いの直前にまで──。
そう、シェルムさんが言っていた作戦はこれだった。
簡単に言うと、文香と戦う前に時を戻す。
そして、未来を変え、文香の生存ルートに切り替える。
もちろんリスクもある。
一言で言うと、二度とやり直すことができない。魔力の消費が激しすぎるが故、やり直せるのが一度しかないのだ。
一度しかないチャンス。絶対無駄にしない。
そんな決意を胸に、前方に視線を移した。
そしてこの前と同じ通り待ち構えている文香の姿。
「いい勘しているじゃない。それでいて逃げずに来たんだから、その度胸は褒めてつかわすわ」
「やめて文香ちゃん。戦いたくないよ。また、一緒に村で過ごそう?」
以前と全く同じ会話。文香に反省の色など全く感じない。
「冗談──。私の信一を奪い取ったあんたたちなんかいらない。私を捨てた信一なんていらない。みんなみんな消し炭にして、滅ぼしてやる!」
そして文香との再戦。
「そうよ。この文香様を散々コケにしたんだもの。今更和解なんてありえないわ」
やはり戦うのか。そして文香が右手を天に向かって上げる。今までとは比べ物にならない戦いが始まるのだと、俺の本能が感じ始める。
「刮目しなさい。魔王直々に受け取ったこの力。これがあなたたちのすべてを粉々に打ち砕いて見せるわ!」
全く同じ戦い方、全く同じ戦術。
ルナの心を取り戻し、文香に勝利。
当然俺たちは勝った。
「まて、もう勝負はあっただろ! 潔く投降するんだ」
「投降、冗談──。なんで私が、あんたたちなんかにひざまずかなきゃいけないのよ──」
文香は泣きじゃくりながら、じたばたと悪あがきをしてさけぶ。
「ずるいじゃないずるいじゃない! 私はメルアみたいに明るい人気者にはなれない、ダルクみたいに ルナみたいに黙って人知れず戦うタイプじゃない。声を上げれば、必ずめんどくさい扱いされる。だから私は愛してくれない」
たしかに文香の不器用さは俺も知っている。
「何よ。みんな私の上っ面ばかりほめたたえて、誰も私のことを分かってくれないじゃない!」
既視感のあるセリフ。
確かにそうだ。以前と全く同じ流れなのだから。
そして──、真っ黒い雲が現れる。そこから出現した黒い騎士の姿をした人物。
魔王だ。強大な魔力。姿を見ただけで逃げ出したくなる。
一度目と同じく、ボロボロになった身体ではいずりながら、文香は魔王の元に近寄る。
自身の破滅へと、自分から歩を進めている。
でも、このまま文香を見放したら、以前俺たちがたどった未来と同じ結果だ。
このままでは文香は、なすすべなく魔王によって凄惨な死を迎えてしまう。
わかっていた。普通にきれいごとを語っただけでは、彼女の心には届かない。
それは、今まで文香と一緒にいた俺だから知っている。
そして俺は文香の元へと一目散に走っていく。
その光景にダルクとルナは目を丸くして驚いているのがわかる。当たり前だ。さっきまで俺と文香は敵同士。おまけに俺が時をさかのぼっていることを知らない。
メルアは、無言でうなずいて俺を強く見つめている。
「頑張れ」とメッセージを送っているのがなんとなく理解できた。安心しろ、絶対取り戻してやるから。
そして魔王のところに泣きつく直前。俺は文香に追いつく。
その体をこっちに引っ張って、俺の正面を向かせた。
そして今までにないくらい強く抱きしめる。
わかっている。ひねくれていて頑固なこいつは並大抵のことでは考え方を変えない。
だから相当なことをしなければ文香は俺を蹴っ飛ばしてでも魔王のところへ行ってしまうだろう。
100%彼女の心を変えられる保証なんてない。それでも、ベストを尽くしてやる。それだけだ
文香は、予想もしなかった光景にフリーズしてただ俺を見つめている。
「な、何よ今更。私なんて、見捨てたんでしょ」」
つっかえ、噛みながらのその言葉。目には涙がたくさん浮かんでいる。
文香の心を直すためには、これしかない。
ピシィィィィィン!
俺は文香を見つめたまま、その頬をひっぱたいた。
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