第3話 真剣に向き合う
俺は文香を見つめたまま、その頬をひっぱたいた。
強いまなざしで、文香を見つめる。
文香は、ひっぱたかれた頬を抑えながら、だまって俺の方を見つめている。
「わかったか、お前が今まで俺たちに与えてきた痛みを」
甘やかしたところで、文香の心に全く届かない。
お前に、真正面から向き合う。腹を割って、本音で叫ぶ。
文香は、怒り狂った表情から一変、涙を流し始めた。
そして自分の感情を精一杯の声で叫び始める。
「何よ。私の気持ち、何もわかってくれない癖に。あいつらと、ハーレム作って幸せに暮らせばいいじゃない」
ぽろぽろと涙を流しているのがわかる。
「メルアでも、どこでも行きなさいよ。私より、愛想がいい女の方がいいんでしょ」
「ああ、いつも暴力をふるってばかりのお前なんかより、不器用でも、それを乗り越えて必死で努力しているメルア達の方がよっぽど素敵だし、仲間としてふさわしいと思っている」
その叫びに、俺は本心で叫び返した。
当然だ。俺だって、聖人君子なんかじゃない。いつも暴力をふるって罵倒ばかりの奴と、明るくていつも俺を想ってくれるやつ。
隣にいるなら、どう考えたって後者がいいに決まってる。
「だったら、私なんて見捨てなさいよ。好きなだけそこにいる女と子作りでもなんでもすればいいじゃないのよ!」
「お前だって、そうなればいいだろ。不器用でも、少しずつでも、変えていけばいいだろ」
お世辞を言った所で、こいつの心が変わることはない。
だから、本心をそのまま言った。少しずつでも、変えていけばいいと。
そうしている限り、俺は応援すると。
文香は涙を流しながらことを返し始める。
「無理よ。私、すぐ頭にきて手を出すような人間だから。きっと暴力をふるって、あなたを失望させてしまうわ」
「大丈夫d──」
「おいおい、俺を置いてきぼりにするなよ。いくら二回目って言ってもよぉ」
魔王、やはり俺とメルアのことを知っているのか。
明らかに俺に敵意を向けてきている。
後ろのメルア、ダルク、ルナが魔王ににらみを利かせているので、攻撃が来ることはないが──。
まあ、魔王がいてもいなくてもやることは一つだ。
「頼みがある。文香から、闇の力を取り除かせてほしい」
「それは嬢ちゃん自身の意志でできる。やり方はこいつ自信が知っているはずだ」
すると文香の体がぶるぶると震えだす。恐怖を感じているのが一目で理解できる。
「ええ、魔力を外に出す様にして追い出せばいいんでしょ。苦痛で、時には死ぬことだってあり得るけど──」
苦痛。そんなリスクがあるのか。
「当然だ。闇の力には代償がある。強力な力を安易に得る代わりに生命力を吸い取る。肉体はやがてその闇の力なしではまともに維持できなくなる。その女は間一髪でそこまで言っていないようだがな。さあ、どうするんだい、嬢ちゃん」
文香は視線をきょろきょろとさせている。明らかに覚悟が揺らいで迷っているのが明かる。
流石に死んでは元も子もない。どうすべきか……。
そう悩んでいると、文香が顔をぶんぶんと振った。自らの運命を断ち切るかのように。
「やってやるわよ! この闇の力、絶対に立ち切って見せるわ」
そして文香は拳を強く握り、その行為を開始した。自身に取りついた闇の力を排出し始めたのだ。
──すぐに代償は訪れた。
闇を排出し始めた途端。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
文香は突然苦しみだした。地面をゴロゴロとのたうち回り、断末魔のような叫び声を出している。
「ということで、せいぜい死なないように頑張ってくれや。それじゃあ俺は去るぜ。あばよ」
そう言って魔王はこの場から去ってしまった。
苦しみもがいている文香を置き去りにして──。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──、ぐわああああああああああああああああああああああ!!!! 苦しい苦しい苦しい、痛い痛い痛い痛い!!」
身体から汗が噴き出ていて、尋常じゃないくらい苦しんでいるのがわかる。
何とかしてやりたいが、どうすることも出来ない。
ルナが痛みを緩和する術式を文香に放つが、魔力が全く受け付けず効果がない。
「ダメ、文香ちゃんに魔力が入っていかない」
「きっと、魔王の力だルナ。信じるしかない、文香を──」
ルナも、文香にひどいことをされてきた。それでも文香の今の状況を理解し力になってくれている。
ダルクも、メルアも文香に対して心配そうなまなざしを送っている。
信じよう、文香を。
俺たちの心配をよそに、文香の叫び声は耳が壊れるように大きくなり、激しく地面をのたうち回る。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
俺は、その叫び声に考える。どうすればいいのか……。
出した答えは一つだった。
「文香、信じている。頑張れ!」
応援する。それだけだ。文香を、信じるしかない。
やがて文香はのたうち回るのをやめ、死にかけた金魚の様にビクンビクンと痙攣をしはじめた。
もうのたうち回る力すら残っていないのだろう。
そしてほどなくすると──。
ガッシャァァァァァァァン!
文香の体に取りついていた闇の力。それがまるでガラスが割れたような音を立てながら砕け散った。
そのまま倒れこむ文香は全く動かない。
そして全身汗だくになりながら大きく息を荒げ始める。悪い夢を見ているかのように──。
完全に意識はない。ぐったりとしながら倒れこんでいる文香。
そこにメルアが話しかける。
「とりあえず、街まで運ぼうよ。それで病院でもギルドでも行こう」
「そうだな」
すぐに俺は文香を背中におぶり、この場を去る。
そして俺たちは街へと戻っていく。自然と早足になる。
文香、頼む、助かってくれよ。
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