第19章 VSスタンピード

第201話 人生丸々損してるじゃん、いや、怪物生?

 紅葉達がフランスから戻った翌日、世界各地ではダンジョンにモンスターのリソースが集約された。


 日本でも、奏達の活躍でモンスターの数が減ると、奈落タルタロスのベリアルが中心となって、フィールドからモンスターがいなくなり、ダンジョンのモンスターの数が増えた。


 その状況が1段階進み、モンスター討伐率が100%になっていない国では、ダンジョンからモンスターが溢れ出した。


 つまり、スタンピードが世界的に起きている状況である。


 紅葉と響も朝から天界の要請を受け、被害の大きい国にダンジョン狩りの遠征に行っている。


 そんな中、奏はソロモン72柱に見つからないようにするため、双月島の中で住民達の働きぶりを見て回ったり、家族サービスに時間を使っていた。


 ところが、楓が家事をしている間、リビングで悠の子守りをしつつ、ルナやサクラと戯れていると、バアルがやって来た。


「奏、招いてねえ客達が来やがった」


「客達?」


「おうよ。双月島近辺は神域で、日本の領海もモンスターの侵入は不可能だが、領海ギリギリの所でモンスター同士が戦闘してやがる」


「モンスター同士で? それなら、ここは関係なくないか?」


「いや、どっちが先にこの島に攻撃を仕掛けるかで揉めてる」


「なんじゃそりゃ。狙いは何?」


「多分、世界樹の果実だろうな。楓嬢ちゃんも進化したことで、更にあの樹の力が増した。その恩恵を手に入れて暴れ回ろうって魂胆だろうぜ」


 世界樹の果実には、食べれば全能力値を上昇させる効力がある。


 それを目的として、モンスター2体が争っているとなれば、奏も無視する訳にもいかない。


 自分の家の世界樹が狙われているならば、それを守るのは当然だからだ。


「それで、戦ってるのはどんなモンスター?」


「ヒュドラとアルゴスだ。どっちも能力値が高いし、スキル構成も持久戦向きだから、放置してると周辺の海が汚染されちまう可能性が高い」


「汚染された魚が、この島に流れて来るのは困る。しょうがない。倒しに行くか」


「奏兄様、お出かけですか?」


「放置してると、ユラが海で獲って来る魚が汚染されそうだし、そうなる前に倒してくる。悠を頼む」


「わかりました。丁度家事もひと段落しましたから、大丈夫です。気を付けて行ってきてください」


「ああ。昼食までには戻って来る。バアル、ルナ、天照、行くぞ」


「あいよ」


「うん!」


「わかったわ!」


 天照が【擬人化ヒューマンアウト】を解除すると、奏達は【転移ワープ】でバアルが知らせた2体のいる場所へと移動した。


 目的地の海上では、ヒュドラとアルゴスが戦っている真っ最中だった。


 9つの首を持つ大蛇ヒュドラが、全身に100の目を持つ巨人アルゴスが互いの【地獄炎ヘルフレア】と両手で掬った水で起こした大波をぶつけていた。


 <不退転覇皇ドレッドノート>を持つ奏が現れても、戦いに夢中で気づいていない。


 ルナの背中に乗ったまま、奏は暴れている2体を見てうんざりした表情になった。


「あーあ、出会っちまったか・・・」


「それな。もう、怪獣大決戦だぜ」


「バアル、それぞれの特徴をざっくりと説明頼む」


「あいよ。ヒュドラは毒と水、【地獄炎ヘルフレア】が攻撃手段だ。それと、【高速再生クイックリジェネ】も持ってる」


「八岐大蛇の上位互換か?」


「そう思ってくれて問題ないな」


 バアルを復活させるため、奏が最後に戦った日本最強のモンスターの上位互換であるとわかり、奏は心底今来てくれて助かったと思った。


 八岐大蛇を倒した時は、ダメージこそ負わなかったがなかなか倒せなかった。


 だから、バアルが神器だった時にヒュドラと対峙していれば、間違いなく苦戦していたことが奏には容易に想像できた。


「んで、アルゴスは?」


「肉弾戦がメインだが、100の目からデバフ効果のある光を放つ。こっちは【高速再生クイックリジェネ】だけじゃなく、【不眠ネバースリープ】まである」


「えっ、アルゴスって寝ないの?」


「寝ないぜ。目を順番に休ませるだけで、常に行動可能だ」


「人生丸々損してるじゃん、いや、怪物生?」


 信じられないものを見る目をアルゴスに向ける奏を見て、バアルは納得した。


「寝ないとか、確かに奏じゃ考えられん存在だよな」


「睡眠が人生を充実させてると言っても過言じゃない」


「お、おう」


 真顔で言う奏の勢いに、バアルは頷くしかなかった。


「パパ、私も戦いたい」


「良いよ。どっちを倒したい?」


「ヒュドラが良いな~」


「わかった。じゃあ、ルナにそっちは任せる。不眠馬鹿アルゴスは俺がやる」


「ん? 今、アルゴスが理不尽な呼ばれ方をされた気が・・・」


「なんか言った?」


「いや、なんでもねえ」


 奏から感じるプレッシャーに負け、バアルは自分の発言をなかったことにした。


 それから、まずはルナが倒すと言ったヒュドラを先に始末することになった。


「やるよ~。【絶対斬刃アブソリュートエッジ】」


 スッ・・・。


 目にも留まらぬ速さで、ルナが右前脚を振り抜いた。


 スパァァァァァァァァァァン! パァァァッ。


 すると、ワンテンポ遅れてヒュドラの全ての首が切断された。


 一度に9つ全部の首を切断されれば、ヒュドラの【高速再生クイックリジェネ】も意味がない。


 あっという間に、ヒュドラは魔石とモンスターカードに変わった。


「ルナ、よくやった。【透明多腕クリアアームズ】」


「エヘヘ♪」


 ルナを褒めてから、海に沈まないように奏は戦利品を回収した。


「俺様の邪魔をしたのはお前達かぁぁぁぁぁっ!」


 目の前のヒュドラがいなくなると、アルゴスが奏達に向かって叫んだ。


 どうやら、アルゴスにとっては敵の敵は味方とはならないらしい。


 それに、怒りのせいで<不退転覇皇ドレッドノート>への恐怖を感じなくなっているようで、全く逃げる気配がしなかった。


「やれやれ、図体がデカい分、煩い奴だな」


 バアルが仕方ないなと首を横に振っていると、その動作がアルゴスを煽ってしまった。


「喰らえ! 【カース


「【技能付与スキルエンチャント:<天墜碧風ダウンバースト>】」


 コォォォォォォォォォォッ!


 天照を抜刀し、奏はその刀身に【天墜碧風ダウンバースト】を纏わせた。


 碧色の冷気が、天叢雲剣の刀身を伸ばした状態で、奏はアルゴスのスキル発動を遮るように一刀両断した。


 カキィィィィィィィィィィン! ゴォォォォッ! パァァァッ。


 天照がアルゴスの体を真っ二つにした途端、海水で濡れていたアルゴスの体は急速冷凍された。


 そのすぐ後、【刀剣技ソードアーツ日光ソル】の効果で、劫火が氷漬けになったアルゴスの上半身と下半身を瞬く間に蒸発させた。


「【透明多腕クリアアームズ】」


 アルゴスのドロップした魔石とモンスターカードは、奏が伸ばした透明な腕ですぐに回収した。


《おめでとうございます。個体名:高城奏、ルナは、ソロモン72柱とは別で地球を破壊するワールドクラスのモンスターを一撃で倒しました。その特典として、日本の復興速度に補正がかかりました》


 神の声が止むと、バアルは微妙な表情の奏に話しかけた。


「奏、どうした?」


「日本の復興速度に補正がかかるって言ってたけど、それって具体的にはどうなるんだ?」


「それを気にしてたのか。例えば、植物の成長速度が上がるぜ。日本の農家ファーマーが育ててる食料になる植物が早く育てば、日本の冒険者達の腹が満たされる。そうなれば、日本で復興するための元気を維持できるから、結果として復興速度が上がるってこった」


「風が吹けば桶屋が儲かるってことか」


「その通り。世界樹の成長にも繋がるんだし、奏にとっても悪いことじゃねえよ」


「そんなもんか」


「そういうもんさ」


 そこに、ガネーシャの声が奏の耳に届いた。


『奏、【百貨店デパート】にピエドラを進化させる宝石が追加されたわ。ヒュドラとアルゴスのカードと交換しない?』


「このタイミング、狙ってたのか?」


『まあね。派遣してる千里の戦力強化に丁度良いカードだから、使わせてほしいの。紅葉の戦力強化にもなるし、悪い話じゃないでしょ?』


「わかった。【百貨店デパート】」


 ブブッ。


 電子音が聞こえると、奏の前にインフォメーションスタッフ姿のガネーシャが映る画面が現れた。


『いらっしゃ~い』


「じゃあ、その宝石と交換で」


『ありがとう。すぐにジャバウォックスピネルを送るわ』


「よろしく頼む」


『はい。送ったわ。それじゃ、急いでるからごめんね』


 プツン。


 ヒュドラとアルゴスのモンスターカードが消え、その代わりにジャバウォックスピネルが奏の手の上に現れた。


 そのすぐ後、電子音と共に、画面が消えた。


「ガネーシャ、忙しそうだったな」


「それだけ、ソロモン72柱も余裕がなくなったってことだろ」


「それもそうか。さて、こいつを紅葉に届けるか。念話で都合を訊くわ」


「そうしてやれ。きっと、紅葉の姉ちゃんが喜ぶぜ」


 奏は頷くと、紅葉に念話機能で連絡を取り始めた。

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