第181話 これがメジェド? シーツを被っただけじゃん
伊邪那美が贔屓にする旅館には、毛筆で薫風庵と力強く書かれた看板が掲げられていた。
見た目は荘厳なお寺のようで、敷地内に入ると石畳の両脇が枯山水になっており、奏達は懐かしい気持ちになった。
「どうかえ? 此方の贔屓にする薫風庵は?」
「雅な感じがする」
「高級旅館です」
「こういう所、初めて泊まるので緊張します」
「立派・・・」
「フフン。その反応が見られただけでも、連れて来た甲斐があったえ。さて、中にはいるえ」
伊邪那美が先導して、奏達は伊邪那美が予約した部屋へと移動した。
奏のパーティー+バアル、天照、伊邪那美で1部屋、紅葉のパーティーで1部屋だが、どちらも薫風庵で最高級の部屋である。
従魔も泊まれる部屋なので、どちらもかなり広かった。
夕食は、貸切られた宴会場で取ることになっていたので、全員がすぐに合流することになった。
「今日は会席料理を頼んだえ」
「懐石料理ですか!?」
伊邪那美の説明を聞き、紅葉が驚いた。
「おそらく、音が同じだから勘違いしてるえ。会食の席で出る料理と書く方の会席料理だえ」
「不勉強ですみません。懐石料理と会席料理の違いってなんでしょうか?」
「懐石料理は、一汁三菜のお茶の前に食べる軽い食事だえ。それに対して、今日食べる会席料理は、大勢が集まるお酒の席で出されるもてなし料理だえ」
「そういう違いがあったんですね。失礼しました」
「紅葉お姉ちゃん、恥ずかしいからはしゃがないでね」
「楓だって、懐石料理と懐石料理の違いは知らなかったでしょ?」
「紅葉お姉ちゃんは元社会人、私は元学生。元社会人なら、知ってても良いんじゃない?」
「・・・はぁぁぁっ。あのね、楓」
楓の指摘に対し、紅葉は深い溜息をついた。
そんな紅葉からは、どんよりしたオーラが放たれていた。
「な、何?」
「私が働くようなブラック企業で、懐石料理なんて食べる機会がある訳ないでしょ? ね、奏君?」
「ない。絶対にあり得ない」
「奏兄様、失礼しました。別に、奏兄様を恥ずかしく思った訳じゃないんです。こんな高級旅館で歳を考えないではしゃいだ紅葉お姉ちゃんを恥ずかしく思っただけなんです」
紅葉が同じ会社で働いていた奏に話を振ったから、楓は慌てて奏のフォローに入った。
「あれ、私だけディスられてるのは何故?」
「紅葉、それが予定調和。オチ担当の宿命」
「誰がオチ担当よ、誰が」
紅葉と響がじゃれていると、伊邪那美が首を傾げた。
「おかしいえ。料理が運ばれてこないえ」
パッ!
その瞬間、宴会場だけでなく、薫風庵の照明が全て消えた。
「奏、戦闘準備!」
「天照!」
「わかったわ!」
「ヘラ!」
「わかってるわ!」
「迦具土!」
「わかったのじゃ!」
バアルの声かけにより、奏達はすぐに気を引き締めて臨戦態勢に入った。
人化していた神器達は、全て武器へと戻り、奏達の手に握られた。
すると、宴会場に続く廊下の上を、かなりの数の者が走る音が響いた。
「【
楓が自分達の身を守るべく、【
「楓、ありがとう。悠を頼む」
「わかりました」
楓は悠を椅子から抱き上げ、片腕で守るように抱き締めた。
そのすぐ後に、【
「くっ、なんだこれは!?」
「結界だ!」
「話が違うぞ!」
「暗闇の中、平和ボケした下界の者を奇襲するだけの簡単な仕事じゃなかったのか!?」
奇襲という言葉から、【
「ルナ、【
「うん! 【
ピカッ。
ルナがスキル名を唱えると、翠色の光がその場を包み込んだ。
「「「・・・「「うわっ!?」」・・・」」」
暗闇の中、突然奏達が光ったせいで、襲撃者達は光に目をやられた。
楓達については、奇襲を受けた時の戦闘パターンとして、ルナが奏に憑依するとわかっていたので、事前に目を瞑って光から目を守っていた。
光が収まると、奏の髪の色が翠色になって、目は金色になった。
「【
時を止め、結界の外に出た奏は、襲撃者達の目の前にいた。
そして、自らが放つ光で、奏は襲撃者達の正体を確認できた。
「天使か。誰の差し金だ? 天使を差し向けたのは、どっかの神だよな」
自分だけでは答えが出せないので、奏はとりあえず襲撃者達を無力化することにした。
「【
ボキボキボキボキボキィッ!
いくつもの透明な腕を創り出し、それらで襲撃者達の骨を戦えないように折った。
勿論、死なない程度に折っている。
「【
ズズズズズズズズズズッ。
奏がスキル名を唱えると、廊下の木の板から、頑丈な枝が一気に生えて襲撃者達を捕縛した。
そこまですると、奏は【
「「「・・・「「ぎゃぁぁぁっ!?」」・・・」」」
その瞬間、世界に色が戻り、それと同時に猛烈な痛みに襲われた襲撃者達が叫んだ。
電源が復旧し、いつの間にかバアルが隣に現れた。
「たかが天使じゃ、奏達には敵わねえわな」
「バアル、こいつらは何者?」
「見ての通り、どこぞの神の配下の天使だな」
「バアルには見当がつかないか?」
「わかんねえ。天界にも神は数え切れないぐらいいるからな。ビッグネームの神だけが目立ってるだけで、ギリギリ神格を持ってるだけの神もいる」
「じゃあ、尋問するしかないか」
バアルにも、今回の襲撃が誰の指示によるものかわからなかったので、奏が尋問しようとした。
その時、奏達の目の前の空間がぐにゃりと歪み、歪みの中から目の部分だけ穴のある白い布を被り、裾からは裸足がはみ出ている存在が姿を現した。
「メジェド、お前の仕業か?」
「これがメジェド? シーツを被っただけじゃん」
「ケケケケケ。だってよ、メジェド」
奏の正直な感想を聞き、バアルは愉快そうに笑ってメジェドに話を振った。
「待テ。我ハコノ襲撃ヲ止メニ来タノダ。遅カッタヨウダガナ」
「シーツ被って正体を隠すような相手なんて、信じられないな」
「シーツデハナイ」
「いや、シーツだ。寝ることに懸ける俺の目を甘く見るな。それ、天界製のベッドと同じシーツだろ」
「・・・バアル、奏ノ観察力ガ異常ダゾ」
「合ってんのかよ、おい」
奏の目からすれば、メジェドが被っている布が、ベッドのシーツであることは一目瞭然だった。
他の者にとっては、そこまでシーツに注目していないので、どんな布なのか気にも留めなかったのだが、意外なところでメジェドに関する秘密の一部が解き明かされた。
「仕方アルマイ。我ガ正体ヲ明カソウ」
バッと音を立てて、メジェドがシーツを自ら脱いだ。
すると、そこにはファラオの王冠を被った褐色のイケメンの姿があった。
そのイケメンは、奏が今朝手に入れたオシリスの杖を持っていた。
「フッフッフ。驚いたか? 我がメジェドの正体、オシリスだ!」
「「うん、知ってた」」
「何ぃっ!?」
奏とバアルの反応がシンクロし、メジェド、いや、オシリスは驚愕した。
「な、何故だ!? 我の変装は完璧だったはずだ!」
「変装って、シーツを被って片言で喋ってただけじゃん」
「それな。つーか、オシリスの杖を欲しがった時点で、奏はその可能性に思い当たるだろ」
「ま、待て。待つんだ、バアル。その言い方だと、まるでバアルは最初から気づいてたと言ってるようなものじゃないか」
「おう、気づいてた。多分、伊邪那美もガネーシャも気づいてたぞ? お前がノリノリでシーツ被ってるから、誰もツッコむにツッコめなかっただけだろうぜ」
「なん・・・、だと・・・」
バアルから聞いた事実に衝撃を受け、オシリスは膝から崩れ落ちた。
しかし、奏はそれに構うことなく話を続けた。
「オシリス、襲撃を止めに来たって言ったけど、誰が首謀者なのか知ってるのか?」
「む、そうだった。その話をしてたのだ。勿論だ。我は杖を取り返してもらった恩義がある故、今回の襲撃に強く誘われたが加担しない中立でいようとしたのだ。だが、やはり神が協力者を脅迫する等あってはならぬと思い、止めに来たのだよ」
「ふーん。で、そいつ誰? オシリス、吐けよ。俺様の息子兼パートナーを脅そうっつー奴は、俺様が消し炭にしてやんよ」
「待つえ。此方が直々に三途の川を渡らせてやるえ」
バアルがオシリスを問い詰めると、そこに伊邪那美が加わった。
「おいおい、ここは俺様にやらせろよ。奏のパートナーとして、俺様がぶちのめすのが筋だろ?」
「此方も贔屓の旅館を楽しんでもらってる最中に、水を差されて
「・・・OK。俺様が上半身担当。伊邪那美が下半身を担当。これでどうだ?」
「それで手打ちにするえ」
「あれ、我の意見は?」
「さっさと首謀者を教えろや」
「キリキリ吐くえ」
「あっ、はい」
バアルと伊邪那美の圧力に負け、オシリスは頷くしかなかった。
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