第95話 やられたらやり返す。100倍返しよ

 ガネーシャと話をするにあたって、バアルは【変身シェイプシフト】で人型になった。


「【売店ショップ】」


 ブブッ。


 電子音が聞こえると、奏の前にガネーシャが映る画面が現れた。


『いらっしゃ~い。連日の利用ありがとね。今日は、どんな御用かしら?』


「実はよ、ガネーシャに見てもらいてえ物があるんだ。奏、出してくれ」


「わかった」


 バアルに頼まれた奏は、ガネーシャに謎の金属のインゴットが描かれたマテリアルカードを見せた。


『・・・ウフフ』


「ガネーシャ、これが何かわかったのか?」


『さっぱりわからない。実に面白い』


 いつの間にか、白衣に眼鏡を身に着けたガネーシャが、眼鏡の位置をずらしながら笑った。


「ガ〇レオかよ」


『私、好きだったのよね、あのドラマ』


「ガネーシャって日本のドラマ見るんだな」


『娯楽に関して言えば、日本に勝る国はないわ。天界の神々も、日本の娯楽に興味あるし、商売する意味でも日本の娯楽はよく知ってるわよ』


「マジか」


 日本の娯楽が、まさか天界でも誇れるレベルだと知り、奏は口をぽっかり空けてしまうぐらい驚いた。


「話が脱線してんぞ、奏」


「悪い」


「んで、ガネーシャよ、このマテリアルカード、お前なら何と交換してくれるよ?」


『未知の金属のインゴットだから、どうとでも売り捌けそうなのよね。ちょっと待ってて。今、交換できる物をチェックするから』


 そう言うと、ガネーシャの手元にリストが現れ、ガネーシャは奏が持つマテリアルカードと釣り合う物を探し始めた。


 リストアップが完了するまで、1分もかからなかった。


『待たせたわね。候補は3つあるわ。順番に見せるから、好きな物を選んでちょうだい。最初はこれよ』


 パチン。


 ガネーシャが、画面の向こう側で指パッチンすると、【売店ショップ】の画面にいくつかの薬が入った瓶がセットになって入っている鞄が映った。


「これは?」


『ハイポーションセットよ。内訳は、ハイポーション×5、ハイマナポーション×5、ハイキュアポーション×5ね』


「前に手に入れた薬品の上位互換か。バアル、そうだよな?」


「おうよ。結局、あれ以来薬品系アイテムは手に入ってねえから、貴重な物だと思うぜ」


 奏には【創造クリエイト】があるので、ポーション等は創り放題だ。


 しかし、ハイポーション等の上位互換の薬品系アイテムは、その存在を知らなかったので作成できていなかった。


 だから、この場で手に入れば、今まで以上に奏達の回復手段が充実するのは間違いない。


 しかし、まだ1つ目の選択肢なので、奏ががっついたりすることはなかった。


 パチン。


 奏が見終えたと判断すると、ガネーシャは再び指パッチンした。


『2つ目に移るわ。今度はこれよ。極上アロマセット』


「何故にアロマ?」


 突然、実用性のあるアイテムと打って変わって、アロマなんていう趣味に近い物が画面に映ったため、バアルは首を傾げた。


『ウフフ。わかってないわね、バアル。私は奏が好きそうな物を用意したのよ。極上アロマセットの中には、使ってから寝るだけで100%良い夢しか見ないアロマもあるの。奏は寝ることが大好きなんでしょ? それなら、気にいると思ったの。奏、どうかしら?』


「良い仕事してるぜ、ガネーシャ」


 ガネーシャの問いかけに対し、奏はアルカイックスマイルとサムズアップで応じた。


『どういたしまして。でも、最後まで見てちょうだい』


 パチン。


 最後だと言って、ガネーシャが指パッチンすると、白銀に光るティアラが画面に映し出された。


『なっ!?』


 ティアラが映し出された途端、今までずっと黙っていたヘラが声を漏らした。


 ヘラの反応が気になり、楓はその原因を訊ねた。


「ヘラ、どうしたの?」


『あれは、妾のティアラよ。ガネーシャ、何故そこにあるのかしら?』


『いつの間にか、リストに紛れ込んでたのよ。私も、誰かから買った記憶もないし、貰った記憶もないの。さあ、奏。どれを選ぶ?』


 ヘラは葛藤した。


 奏に頭を下げてでも、自分の復活のためにティアラを選んでほしいと言うべきかどうか悩んでいた。


 しかし、ヘラは奏に借りを作るのは嫌だった。


 楓の夫として相応しく振舞えているか、他の女性に浮気していないかを監視すべき対象に借りを作るのは、ヘラのプライドが許さなかった。


 ただし、今のままでは大して楓の力になれていないことを悔しく思っているのも事実だ。


 自分のティアラを吸収すれば、今まで以上に楓の力になれるのは間違いない。


 プライドを優先するか、楓の契約者としての義務を優先するか、ヘラは結論をすぐに出せなかった。


 そんな中、奏は特に考える時間も取らずに決心したように頷いた。


「ガネーシャ、ティアラと交換してくれ」


『なんですって?』


『わかったわ。大事に使いなさい』


 ヘラが驚きのあまり反応したが、ガネーシャはそれをスルーしてマテリアルカードとヘラのティアラを交換した。


「そうするよ。サンキュー、ガネーシャ」


『どういたしまして。またのご利用を待ってるわ』


 ブブッ。


 電子音が聞こえると、【売店ショップ】が解除されてガネーシャの映る画面が切れた。


 そして、奏は手の中にあるティアラを楓に差し出した。


「楓、このティアラをヘラにやってくれ」


「奏兄様、良かったんですか? 極上アロマセットを選べば、奏兄様の眠りの質をさらに高められましたよ?」


「良いさ。あのマテリアルカードだって、俺の力だけで手に入れた訳じゃない。楓の【記憶消去メモリーデリート】があって、初めて手に入ったんだ。だったら、俺の希望を叶えるよりも、楓のためになる物に変えてやりたい」


「奏兄様! 睡眠よりも私のことを選んでくれたんですね! 愛してます!」


 楓は嬉しくなった感情を抑えきれず、奏に抱き着いて頬擦りした。


 奏と言えば睡眠。


 睡眠と言えば奏。


 そんな関係にあるぐらい、奏は睡眠を重要視しているにもかかわらず、自分のためにヘラのティアラと謎の金属のマテリアルカードを交換した。


 その事実が嬉しくて、楓はとても満ち足りた表情をしていた。


『べ、別に妾は欲しいなんて頼んでないわ!』


「素直じゃねえなぁ」

 

『お黙りなさい、バアル風情が!』


「おい、風情とはなんだ、風情とは」


 ヘラに罵倒され、バアルは苛立ちを隠せなかった。


 逆に、バアルが痛い所を突いたから、ヘラがキレたとも解釈できるのだが、それは置いておこう。


『でも、一応感謝するわ。ほんの少しだけ、奏を見直したわ。ゼウスだったら、少しでも気になる女がいれば、そっちに行ってしまったもの。奏が妾のティアラを選んだことは、楓への一途な愛だと受け取っておくわ』


 シュゥゥゥッ。ピカァァァン!


 ティアラを吸収した途端、杖を模っていたヘラが輝き始めた。


 光に覆われたヘラのシルエットは、人型へとその形を変えた。


 光が収まると、奏達の前に小学校低学年の金髪碧眼の美少女の姿があった。


 その頭の上には、先程吸収されたはずの白銀のティアラが乗っており、純白のワンピースを着ていた。


《おめでとうございます。個体名:高城楓がクエスト1-4をクリアしました。報酬として、ヘラの復活率が60%になりました》


《おめでとうございます。個体名:高城楓がクエスト1-5をクリアしました。報酬として、ヘラが【擬人化ヒューマンアウト】と【束縛バインド】を会得しました》


 神の声が、楓のワールドクエストが進んだことを知らせた。


 そして、奏達の前にいる美少女が、ヘラであることが確定した。


「ヘラ」


「何よバアル?」


「ツンデレ乙」


「縛って手足を切って、海に捨てるわよ?」


「怖えわ! 冗談だっての! なんだよその1の冗談に対する100の仕返しは!?」


「やられたらやり返す。100倍返しよ」


 暇を持て余した神々の戯れが、なかなかに騒がしい。


 バアルもヘラも、見目麗しい姿だというのに、会話の内容がしょうもなかったり、殺伐としているせいで残念に思えるのは間違いないだろう。


「まあ、なんにせよ、人型に戻る手段が手に入って良かったじゃねえか」


「そうね。ついでに、【束縛バインド】なんて便利なスキルも手に入ったわ。これで、奏に近づき、楓の幸せを邪魔する雌豚を縛り上げられるわね」


「紅葉の姉ちゃん、響嬢ちゃん、逃げて超逃げて!」


 恐ろしい笑みを浮かべるヘラを見て、バアルはここにいない紅葉と楓を心配した。

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