第9章 富士遠征

第83話 心配かけやがって。安定の奏じゃねえか

 フォルネウスを倒した翌朝、奏達は朝食を取り終えた後、食休みをしつつ今日の予定について話し合っていた。


「奏君、双月島にはピエドラ達を除いてモンスターがいなくなっちゃったけど、今日はどうするの?」


「ゴロゴロしたり、だらだらしたりするのに1票」


「うーん、響の意見は正直めっちゃ魅力的なんだけど、俺としてはさっさとバアルをLv100にしてしまいたい」


 ガタッ。


 人型になっているバアルが、奏の発言に驚くあまり立ち上がってしまった。


「奏、お前、それ本気で言ってんのか!? 熱でもあるんじゃねえの!?」


「まあな。バアルとの約束を果たして、枕を高くして寝たい」


「心配かけやがって。安定の奏じゃねえか」


 奏が自分をLv100にしたい理由を聞き、ホッとした表情でバアルは椅子に座り直した。


「私も、奏兄様がゆっくり寛げるのなら、バアルさんをLv100にするお手伝いをします」


『それが良いわ。貴女が奏に尽くせば尽くすだけ、他の雌と差をつけられるのよ』


 楓は奏のためなら、バアルの復活に力を貸すと言い、ヘラは楓に奏にガンガンアピールするように背中を押した。


 話がヤンデレな方向に進まないように、紅葉は話題を戻した。


「ところで、バアルさんのレベルアップはわかったけど、どこでレベル上げするの? この島、秋葉原よりもレベル上げに向いてたと思うけど、もうモンスターいないわよ?」


「それについては、俺様に考えがある」


「バアル、どこか心当たりがあんの?」


「ある。俺様の力がかなり戻って来たおかげで、日本のどこにどれぐらい強い奴がいるかわかるようになった。んで、強い奴が集まってんのが、富士山と近くの樹海だ」


「らしいっちゃらしい場所だな」


 富士山も富士の樹海も、日本一の山に遭難者の多い大自然というだけで、奏は強いモンスターがいても不思議じゃないと思っていた。


「樹海の最低レベルがLv75、富士山の最低レベルがLv80だ。まずは、樹海に行ってみようぜ」


「わかった」


「奏兄様、私はどんな所でも、絶対について行きます」


「え゛?」


「奏ちゃん、僕は止めとく。それは無理だよ」


 バアルから、樹海と富士山の難易度を聞くと、楓はノータイムで同行すると断言した。


 その一方、紅葉はどこから出したのかわからない声を出し、響は両腕を上にやって降参のジェスチャーをしてみせた。


「私は・・・」


「紅葉、一緒にヤムチャろう?」


 紅葉が判断できないでいると、響が紅葉の肩に手をポンと置き、独自の造語で説得し始めた。


「止めて! 私を2軍落ちさせないで!」


「ヤムチャしやがって・・・」


「死んでないから! 勝手に殺さないで! 私、ピンピンしてるから!」


「でも、そんな所まで同行したら、奏ちゃんだって余裕ない相手が出た時に生き残れる?」


「それは・・・」


 その後に続く言葉は、「否定できない」というフレーズだろう。


 ここ数日、奏達と別行動しているのは、奏について行けないからという理由もある。


 楓にも、サクラという従魔がいるので、パーティーの枠が足らず、全員でパーティーとして行動できない。


 それに、大抵の敵は奏が倒してしまうため、紅葉や響に甘えが生じてしまっている自覚もある。


 その状態で樹海に同行し、奏でも苦戦するようなモンスターの群れに囲まれた時、生還できる可能性は100%ではない。


「紅葉、これは俺とバアルの問題だから、無理について来るな」


「・・・そっか。奏君にとって、私はもう足手纏いなんだね」


「足手纏いだとは言わないが、絶対に守れるとは言えない」


「でも、楓がついて行ったら、絶対に守るでしょ?」


「そりゃ、嫁を守らない旦那がいるかよ?」


 奏の言葉を聞き、紅葉は大きく息を吐いた。


 今のやり取りで、自分の中で答えを出したのだ。


「うん、そうだよね。私、響と一緒に地道にレベル上げするわ。掲示板を見て、適当な所に行ってみる」


「悪いな」


「ううん、所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬわ」


「・・・それが言いたかったのか」


「てへぺろ。バレちゃった?」


「アラサーのてへぺろに需要はない」

 

 おどけてみせた紅葉に対し、隣の響は辛辣だった。


「もう止めて! 私のライフは0よ!」


「それだけ元気があれば、大丈夫そうだな。楓、行くぞ」


「はい。お供します」


 バアルが【変身シェイプシフト】を解除すると、奏達は紅葉達を神殿に残し、富士の樹海に向かった。


 以前、奏は富士山の近くまで行ったことがあったので、【瞬身テレポート】で富士山近くまで移動した。


 そこから、奏達はルナの背中に乗り、樹海まで飛んだ。


 5分もかからず、奏達は樹海の入口に到着した。


 そこには、おなじみの命を大切にしようという内容の看板が斜めになっていたが残っていた。


「私達、本当に富士の樹海に来たんですね」


「怖い?」


「怖くないです。だって、奏兄様が一緒ですから」


「そっか。んじゃ、楓を怖がらせないように、頑張らせてもらうよ」


『パパ、ルナもいるの!』


「キュルル」


「そうだな。ルナもサクラもいるから、猶更頑張らねえと。レベルアップが目的だが、最優先は生きて変えることだ。良いよな、バアル?」


『おう。奏に死ぬ手前まで追い込めなんて、言える訳ねえだろ?』


「そうですね。もし、バアルさんがそんなことを言ったら、私がどんな手を使ってでもバアルさんの復活を阻止します」


『・・・楓嬢ちゃん、マジヤべえ。奏、なんとかしてくれ』


 神である自分に恐怖を感じさせる楓に、ガクブルなバアルだった。


 気を取り直して、周囲を警戒しながら奏達は樹海の中に入った。


 すると、奏は樹海に入る前と周囲の雰囲気が違うように感じた。


「なあ、バアル。この樹海、ダンジョンと同じ感じがするんだが」


『奏も同じか。恐らくだが、この樹海はフィールド型ダンジョンだ』


「フィールド型ダンジョン?」


『おうよ。元々はただの樹海だったが、強いモンスターが大量にいるせいで異界化しちまった場所のことだ』


「マジか。来なければ良かった」


『奏、ここまで来てそりゃねーぜ。つーか、早速敵が来てるぞ? 前からだ』


 バアルが喋り終えてすぐに、奏達の耳に足音が聞こえて来た。


 ドシン、ドシン、ドシン、ドシン。


 1歩ずつ近寄って来る度に、奏達が感じる揺れが大きくなった。


 そして、揺れが大きくなるにつれて、辺りが暗くなった。


「あー、あれなら俺でもわかる。サイクロプスだな」


『正解。目からビームは出すし、手に持った棍棒で地面を割るし、声はでけーしで迷惑な奴だぜ』


 奏が見上げた先には、腰布と棍棒しか身に着けていない灰色でモノアイの巨人がいた。


「オデノ獲物ォ!」


「うわっ、息臭っ!」


『うぅ、臭いよぉ』


「キュル~・・・」


「【範囲浄化エリアクリーン】」


 奏が言った通り、奏達に向けて大声を出したサイクロプスの口臭は、奏達を苦しめた。


 楓は我慢することなく、【範囲浄化エリアクリーン】を発動し、周囲一帯の空気を浄化した。


「サンキュー、楓」


「妻として当然のことをしたまでです。【仲間超強化パーティーエクストラライズ】」


 奏に感謝され、嬉しくなった楓はパーティー全体を一気に強化した。


「獲・」


「喋んな。臭いから。【停止ストップ】」


 何か言おうとしたサイクロプスに対し、奏は【停止ストップ】でその動きを止めた。


「バアル、あの目って弱点だったりする?」


『おう。目に攻撃されると、しばらく動けなくなるぐらい弱点だぜ』


「わかった。【聖水噴射ホーリージェット】」


 ジジジジジィン! ブシャァッ!


 ジェット噴射された水が、サイクロプスの目を射抜き、そこから血が噴き出し、奏達のいる場所に降って来た。


「【守護領域ガードフィールド】」


 キキキキィィィィン。


 サイクロプスの血に触れるなんて、絶対に嫌だと言わんばかりに、楓が結界を張って自分達がサイクロプスの血で汚れないようにやり過ごした。


「楓、助かった。次で終わらせる。【蒼雷罰パニッシュメント】」


 バチィッ! ズドォォォォォォォォォォン! パァァァッ。


 強化された奏の【蒼雷罰パニッシュメント】が、水と血で濡れたサイクロプスの目に触れて一瞬で炭化した。


 そして、目を起点として、サイクロプスの体が光の粒子になって消えた。


《奏はLv84になりました》


《楓はLv82になりました》


《ルナはLv77になりました》


《サクラはLv64になりました》


《サクラはLv65になりました》


「ケケケ、すげえな。1体倒しただけで、もうレベルアップしちまったぜ。奏、俺様も頼む」


「わかった」


 バアルのリクエストに応じ、奏は魔石をバアルに吸収させた。


 シュゥゥゥッ。


《バアルはLv84になりました》


 樹海に入って初めての戦闘で、奏達はレベルアップした。


 幸先が良いと考えられるが、一瞬でも気を抜いたら死ぬ状況にあると改めて思い知らされ、奏の気持ちが引き締まった。

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