第81話 知らん。お前をフカヒレにしてやんよ

 紅葉の悲鳴が聞こえ、ボス部屋の中に入った奏達が目の当たりにしたのは、モンスターの物と思われる肉片と血が散らばり、ピエドラの上で肩を抱いて震えている紅葉の姿だった。


 扉の近くでは、叫んだり震えたりした様子はないものの、具合が決して良くなさそうな響の姿もあった。


 だが、それよりも目を離してはいけないのは、ボス部屋の空中に浮かんで奏達を見下ろしているエイと鮫を足して2で割ったようなモンスターだろう。


「楓、紅葉と響を頼む」


「わかりました」


 ルナの背中から降りた楓は、手前にいる響に近づいた。


「【中級治癒ミドルキュア】【超級回復エクストラヒール】」


 響の体を光が包み込み、その光が収まると、先程よりも顔色が良くなった響の姿があった。


 奏達が戦ってきたモンスターの中で、最も流暢に喋っているそのモンスターは、楓が邪魔だと判断した。


「ほう、回復手段を持つのか。厄介だな。【多重水槍マルチプルウォーターランス】」


「させるか。【瞬身テレポート】」


 ドドドドドドドドドッ! キキキキキィィィィィン!


 狙い撃ちされた楓の前に、奏が一瞬で移動してバアルを構えると、【嵐守護ストームガード】が発動し、【多重水槍マルチプルウォーターランス】を無効化した。


「奏兄様!?」


「問題ない! 俺の強化と紅葉の回復も頼む! ルナは楓の護衛!」


「わかりました! 【仲間全強化パーティーオールライズ】」


『うん!』


 楓は無駄なことを喋らず、奏の言った通りに動き始め、ルナも楓にぴったりとくっついた。


 その様子を見て、宙に浮かぶモンスターは深いな感情を隠さなかった。


「何をするにも、貴様が邪魔だな」


「そりゃそうだろうよ。俺がお前を倒すんだから」


「その口の利き方、吾輩が魔界の侯爵フォルネウスと知っての愚行か?」


「知らん。お前をフカヒレにしてやんよ」


「貴様ぁ!」


 フォルネウスがキレた。


 普通に考えて、身体的特徴を捉えて食材扱いされたら、誰だってキレるだろうが、フォルネウスの沸点は低かった。


「侯爵ってのは、案外短気なもんだ。な、バアル?」


『そうだな。だが、気を付けろよ。あいつはLv80以上だ』


「でもさ、悪魔系モンスターなんだろ?」


『まあな。お前の得意分野だ』


「その声、もしやバエルか?」


 フォルネウスに話しかけられ、バアルは口を閉じた。


 バアルが返事をしなかったものの、フォルネウスは勝手に確信していた。


「いや、そうに違いない。この裏切り者がぁっ! 【猛毒刺突デッドリーポイズンスティング】」


 激昂したフォルネウスの尻尾の針が、奏目掛けて素早く突き出された。


「【不可視手インビジブルハンド】」


 ズズッ!


 奏にしか見えない手が、フォルネウスの尻尾を掴んで攻撃を止めた。


「そりゃ!」


「何ぃっ!?」


 ドッシィィィン!


 奏は【不可視手インビジブルハンド】を発動したまま、一本背負いの要領でフォルネウスを地面に叩きつけた。


 フォルネウスは、まさか自分がSTRの能力値で負けるとは微塵も思っていなかったため、油断していた所を地面に叩きつけられてしまった。


「その尻尾、危ないから貰うぞ。【蒼雷罰パニッシュメント】」


 バチィッ! ズドォォォォォォォォォォン!


「グァァァァッ!?」


 強化された【蒼雷罰パニッシュメント】により、あっさりと千切れた自分の尻尾に困惑しつつ、その痛みからフォルネウスは絶叫した。


「【無限収納インベントリ】」


 千切った尻尾を、フォルネウスに再利用されないように、奏は亜空間にしまった。


「おのれ、よくも吾輩の尻尾を!」


「なんだ、生え変わったりはしないんだ?」


「そう簡単に生え変わる訳なかろう! 死ね! 【螺旋突撃スパイラルブリッツ】」


 ギュルルゥゥゥン!


 フォルネウスは、痛みを堪えながら高速できりもみ回転し、そのまま奏に向かって突っ込んだ。


 それに対して、奏は野球のバッターのように、突進するフォルネウスに向かってフルスイングで応じた。


「【聖橙壊ホーリーデモリッション】」


 キュインキュイン、ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォン! ガァァァァァン!


「グボォッ!?」


 奏の【聖橙壊ホーリーデモリッション】はジャストミートし、フォルネウスは血を吐きながら、部屋の壁に衝突するまで吹き飛んだ。


「マジか。これで倒れないとか、タフだなぁ」


「ゲフッ。こうなっては仕方ない。【狂化バーサーク】」


 満身創痍のフォルネウスから、赤い煙が発生し始めた。


「URYYYYYYYYYY!!」


「なんかヤバそう。【蒼雷罰パニッシュメント】」


 バチィッ! ズドォォォォォォォォォォン!


 奇声を発するフォルネウスが動き出す前に、奏は【蒼雷罰パニッシュメント】を撃ち込んだ。


 しかし、【蒼雷罰パニッシュメント】をまともに受けたはずのフォルネウスは、まだ倒れてはいなかった。


『奏、【狂化バーサーク】ってのは、MPが0になるまでHPが1以下にならず、INTが0になる代わりにSTRとVITがINT分上昇するスキルだ』


「なるほど。つまり、時間が経過するまでフォルネウスは倒れないんだな?」


『おう』


「それなら対処は簡単だ。【停止ストップ】」


『ハハッ、こりゃ酷いな』


 バアルから【狂化バーサーク】の効果を聞いた奏は、フォルネウスに自由にさせなければ良いと考え、【停止ストップ】でフォルネウスの動きを封じた。


 タイムリミットが刻一刻と迫る中、フォルネウスは動きを止められたまま何もできなかった。


 動きを止めた奏は、タイムリミットになった瞬間、すぐにフォルネウスを倒せるようにバアルを構えている。


 そして、赤い煙の放出が止まると、フォルネウスの表情がぐったりとした。


「終わりだ。【蒼雷罰パニッシュメント】」


 バチィッ! ズドォォォォォォォォォォン! パァァァッ。


《おめでとうございます。個体名:高城奏が、世界で初めてソロモン72柱に選ばれた悪魔系モンスターを討伐しました。初回特典として、双月島をバアルの聖域に認定し、従魔以外のモンスターが島内から消滅しました》


《奏はLv81になりました》


《奏はLv82になりました》


《奏はLv83になりました》


《楓はLv79になりました》


《楓はLv80になりました》


《楓はLv81になりました》


《楓の【仲間全強化パーティーオールライズ】が、【仲間超強化パーティーエクストラライズ】に上書きされました》


《楓の【中級治癒ミドルキュア】が、【上級治癒ハイキュア】に上書きされました》


《ルナはLv73になりました》


《ルナはLv74になりました》


《ルナはLv75になりました》


《ルナはLv76になりました》


《サクラはLv58になりました》


《サクラはLv59になりました》


《サクラはLv60になりました》


《サクラは【氷城アイスキャッスル】を会得しました》


《サクラはLv61になりました》


《サクラはLv62になりました》


《サクラはLv63になりました》


 怒涛のリザルトラッシュが止むと、奏の手の中でバアルが自己主張を始めた。


『おい、奏! よ! 俺様のレベルアップよ!』


「バアル、お前には訊きたいことがあるんだ。だんまりはなしだからな?」


『わーってるって! ちゃんと話すから、とりま俺様のレベルアップだ!』


 フォルネウスの態度から、バアルがフォルネウスと知り合いだったことは間違いない。


 系モンスターと、がである。


 場合によっては、事態が大きく変わるかもしれない内容なので、奏はバアルが黙秘することを禁じた。


 バアルとしては、それでも別に構わないらしく、そんなことよりもレベルアップさせてくれと奏に頼んだ。


 バアルの態度に溜息をつき、奏はフォルネウスの魔石を吸収させた。


《バアルはLv81になりました》


《バアルはLv82になりました》


《バアルはLv83になりました》


 魔石を吸収したバアルは、レベルアップの余韻を楽しんでいた。


 その間に、奏はフォルネウスからドロップしたマテリアルカードを拾った。


 マテリアルカードには、桃色に輝く金属のインゴットが描かれていた。


「バアル、この金属は何?」


『あん? ヒヒイロカネだな。アダマンタイト以上の希少な金属なんだが、こいつを使った武器も道具も使い手を選ぶから扱いづれえんだ。だから、アダマンタイト製の武器や道具を使う奴の方が多いぜ』


「加工技術がないし、特に作るべきものもないから死蔵決定だな」


『だろうな。奏には俺様がいるからな。武器には事欠かねえよ』


 得意気に言うバアルにイラっと来たが、事実であることは否めないので、奏は黙っていた。


「じゃあ、バアル、話してもらおうか」


『俺様は別に良いんだがよ、宝箱開けて、神殿でゆっくり話さねえか? 紅葉の嬢ちゃんと響の嬢ちゃんもその方が休みながら話を聞けるし』


「・・・それもそうか」


 バアルにはぐらかす気がないことを、奏は声色から判断できた。


 ボスを倒し、後は脱出するだけとはいえ、ダンジョンの中では精神的ショックを受けていた紅葉と響が落ち着けない。


 それなら、バアルの言った通り、宝箱を開けて神殿に戻ってからゆっくりと話した方が良いというバアルの発言は理に適っている。


 それゆえ、奏は部屋の中央に現れた宝箱を開けることにした。


 

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