第42話 黄色い熊が蜂蜜好きって、赤いベスト着させなきゃ!

 結局、楓は第二ボタンまで開けることで、シェルベストを着ることができた。


 そんな着方でも、幸い楓のVITは+50されていた。


 紅葉はそれを見て、奏が魔石と繭玉を回収し終えるまでの間ずっと落ち込んでいた。


 だが、まだこれはマシだったと言えよう。


 何故なら、シェルベストがチャックタイプではなかったのだから。


 もし、ボタンタイプではなく、チャックだったら、楓の胸でチャックボーンして紅葉は立ち直れなくなっていたに違いない。


 その証拠に、紅葉は探索を再開した今、どうにか立ち直ることができている。


「まさか、楓のおっぱいがそこまで育っていたとはね」


「止めて下さい。私のおっぱいを見ても触っても舐めても良いのは、後にも先にも奏兄様だけです」


「って言われてるわよ、奏君?」


「節度は守ってる。そういうのは夜だけにしてるんだから、紅葉はそういうネタを振ってくんな」


「はーい」


「そうだよ、紅葉お姉ちゃん。いくら自分がまな板で私が羨ましいからって、私のおっぱいの話をしないで」


「ぐふっ・・・」


 楓の発言は、紅葉の傷口に塩を塗り込むような所業だった。


 ブブブブブッ。


「バアル、この羽音はなんだ?」


『おそらく、キラービーだろうぜ。どこかに巣でもあるんじゃね?』


「バアルさん、それって蜂のモンスターですか?」


『その通りだぜ、楓嬢ちゃん』


「奏兄様、もしかしたら、蜂蜜が手に入るんじゃないでしょうか?」


「なるほど。マテリアルカードか」


「それもそうですが、蜂の巣を確保できれば、カードが手に入らなくても、現物が手に入ると思うんです」


「奏君、私も巣を手に入れたい。甘い物の確保は重要だわ」


 楓と紅葉の目が、甘い物を欲していた。


 マテリアルカードから取り出した食材は、奏達が今までに食べて来た同種の食材よりも美味しかったので、女子2人は美味しい蜂蜜が食べたいのだ。


「しょうがない。バアル、キラービーの巣に案内してくれ」


『おう。任せとけ。まずは真っ直ぐ進みな』


 奏としては、どうしても蜂蜜が欲しい訳ではない。


 だが、世界が変わって数日、楽しみとなる物も少ないのだから、蜂蜜で楓と紅葉が喜んでくれるなら、それを取りに行くことぐらい大したことじゃない。


 そういう考えがあって、奏はバアルにキラービーの巣までの道案内を頼んだのである。


「奏兄様、キラービーです。大きいですよ」


「待って。私がやるわ。甘い物を味わうなら、運動しなきゃだし」


「任せた」


 奏がバアルを構えたが、紅葉がそれに待ったをかけた。


「本邦初公開! 【水刃ウォーターブレード】」


 ブブブブブッ。スパッ。ブシャッ。パァァァッ。


 羽音を鳴らし、奏達に襲い掛かって来たキラービーが、紅葉の放った水の刃によって真っ二つになった。


 その際、真っ二つになったキラービーから、透明な液体が地面にぶちまけられ、キラービーの死骸が消えても一緒に消えはしなかった。


 地面に残った液体は、急速に気化し始めた。


 そのすぐ後、先程よりも多くの羽音が奏達のいる場所に近づいてきた。


『紅葉の姉ちゃん、倒し方を誤ったな。今の攻撃で、他のキラービー達を刺激しちまったようだ』


「えっ、そんなことになるなら、事前に知らせてよぉ」


「キラービーの大群です! 紅葉お姉ちゃんの馬鹿!」


「そんなぁ・・・」


 バアルと楓から責められ、得意気だった紅葉の表情はしょんぼりしていた。


「OK。後は俺がやる。【聖水噴射ホーリージェット】」


 ジジジジジィン! パァァァッ。


 光り輝く水が、ウォータージェットのように放たれ、いくつものキラービーを貫通して倒していく。


 その際、キラービーの体から、透明な液体が零れるが、【聖水噴射ホーリージェット】でモンスターはしばらくこの辺りに近寄りたがらない。


 奏はキラービーの厄介な特徴を、【聖水噴射ホーリージェット】の効果で相殺したのだ。


『なるほどなぁ。【聖水噴射ホーリージェット】で相殺するとは、なかなか賢いじゃねえの』


「あの透明の液体を撒かれないようにするには、【聖炎ホーリーフレア】の方が良かったけど、森に火が移るのはマズい。だから、次善策だ」


 シュゥゥゥッ。


 解説しながら、奏は散らばった魔石をバアルに吸収させた。


『はぁ。奏が昨日、フィアーレックスを倒しちまったから、レベルアップまでの道が遠いぜ。あそこに落ちてるカードも、マテリアルカードだしなぁ』


 そのマテリアルカードは、楓が素早く回収して戻って来た。


「奏兄様、見て下さい! 蜂蜜の絵が描いてあります! 蜂蜜ゲットです!」


 楓が奏に見せたカードには、壺に入った蜂蜜が10個描かれていた。


 甘味が手に入り、楓は嬉しそうだった。


 その一方、紅葉は自分の失態でキラービーの大群を呼び寄せてしまったため、落ち込んでいた。


「元気出せって、紅葉」


「うん」


「紅葉がミスしたって、MPKとかフレンドリーファイアじゃない限り、なんとか対応してやるさ。だから、切り替えて次に行こうぜ。真面目になってくれたのは嬉しいけど、しょぼくれてる紅葉は紅葉らしくないぞ」


「・・・そうよね。奏君がいるなら、失敗しても取り返しがつくもんね。よし、しょぼくれタイムおしまい!」


 パシッと両頬を叩くと、紅葉は普段通りの明るい紅葉に戻った。


「おのれ、紅葉お姉ちゃん。奏兄様に慰めてもらえるのは、私の特権のはずなのに・・・」


「楓は落ち着け」


「は~い♪」


 ぐぬぬと悔しがる楓の頭を、奏がポンポンと撫でると、すぐにデレデレになった。


 所有欲が高まる楓の扱い方に、奏が慣れて来たようだ。


 それから、奏達が道を進んでいくと、少し開けた場所に出た。


 そこには、巨大な蜂の巣が樹からぶら下がっており、首元にファーの付いた女王蜂らしきモンスターと黄色い熊が対峙していた。


「取り込み中らしいけど、バアル、あの2体の説明頼んだ」


『あいよ。蜂の方は、キラービーの親玉にして、巣の主たるクイーンビーだ。その前で巣を狙ってるのは、ハニーベアだ。あいつは蜂蜜が好物で、巣の戦力がクイーンだけになると、必ず巣を襲うんだ』


「黄色い熊が蜂蜜好きって、赤いベスト着させなきゃ!」


「紅葉お姉ちゃん、馬鹿なこと言ってないで集中して。【全強化オールライズ】【全強化オールライズ】」


 紅葉の国民的に愛されるキャラクターのことを想起させる発言に、楓は苦言を呈しつつ自分の役割を果たした。


「紅葉、ハニーベアは任せた」


「国民に愛されるキャラを私に倒せと?」


「蜂蜜、手に入らなくていいなら俺がやる」


「よし、任せなさい!」


「やれやれ、現金な奴だ」


 蜂蜜欲しさに、先程まで戦いたくないと言っていた相手をあっさり戦うことにした紅葉を見て、奏は溜息をついた。


「さあ、行くわよ熊さん! 【水刃ウォーターブレード】」


 スパッ。


「グルルルッ」


 後ろから傷をつけられ、ハニーベアのヘイトが紅葉に集まった。


 その隙に、奏は近くに落ちていた石ころを利用する作戦を思いついていた。


「【入替シャッフル】【虚空庫ストレージ】」


 スッ。シュイン。


 奏は石ころとクイーンビーが守っていた巣の位置を入れ替え、そのまま亜空間にしまい込んだ。


 守るべき巣が石ころになり、激昂したクイーンビーは奏に向かって針を剥き出しにして突っ込んだ。


「【停止ストップ】【聖破ホーリーブラスト】」


 ドゴォォォォォン! パァァァッ。


 動きを止められたクイーンビーは、あっさりと【聖破ホーリーブラスト】に直撃し、粉々に粉砕された。


 クイーンビーからは、魔石とマテリアルカードがドロップした。


「【二重刺突ダブルスティング】」


 ズズンッ! パァァァッ。


 奏からワンテンポ遅れて、紅葉もハニーベアを倒した。


《奏はLv56になりました》


《楓はLv54になりました》


《紅葉はLv51になりました》


 今日初めての神の声が聞こえ、先頭の終了が告げられた。


 シュゥゥゥッ。


《バアルはLv56になりました》


『ドロップしたカードがモンスターカードならと言いたいところだが、今回に限ってはマテリアルカードで良かったんじゃね?』


「珍しいな、バアル。お前がマテリアルカードで良いだなんて、どういうことだ?」


『まあ、マテリアルカードを見てみろって』


「わかった」


 バアルに促され、奏はクイーンビーからドロップしたマテリアルカードを拾い上げた。


 そこには、キラキラとエフェクトがかかったクリームの入った光り輝く壺が描かれていた。


『それはな、ローヤルゼリーだ。それ単体でも、あらゆる病気に効くし、エリクサーの素材でもある。エリクサーってのは、あれだぜ。不老不死かつどんな症状やケガ、部位欠損でも治す幻の霊薬のことな』


「「不老不死!?」」


 不老不死というワードに、楓と紅葉の目がギラついた。


「奏兄様、エリクサーを作りましょう!」


「奏君、乙女の夢を作るのよ!」


「いやいや、他の素材集まってないから。落ち着けっての」


 この後、奏が楓と紅葉を落ち着かせるまでに10分以上かかった。

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