第26話 俺がいた田舎なら熊に殺されてたぞ

 奏の言葉を聞き、楓の顔が赤くなり、そのまま奏の体に抱き着いた。


 奏は甘える楓の背中を優しく叩いてから、バアルへの質問を再開した。


「ポーションのことはわかった。【影移動シャドウムーブ】の説明をしてくれ」


『はぁ、こいつマジか。楓嬢ちゃんが抱き着いてるってのに、平気で話を進めようとしやがった』


「元はと言えば、バアルのせいだ。良いから早く答えろ」


『へいへい。【影移動シャドウムーブ】はな、視界にあるあらゆる影に潜って、別の影に高速で移動できる。だから、気配も遮断されるし、そもそも誰の目にもつかない。影がある場所では、かなり使える移動手段だぜ』


「便利だけど、自動で守る対象の近くに移動はできなくなったな」


『そりゃ無理だろうよ。スキルが強化、統合されたら、引き継がれなかった元々の効果の部分は消滅するのは当然だ』


「だな。そこまでは望めねえか」


 バアルの言い分に納得し、奏は頷いた。


「・・・ちょっと待って、奏君。私のテンションがハイになってる間に、楓と何があったの?」


「ん? バアルが余計なことを言って、楓が落ち込んだから、俺がフォローした。それでこうなった」


「なるほど。つまり、奏君がまた天然で甘い言葉を吐いたのね。予想通りね」


「自己完結できるなら訊くなよ」


 奏はやれやれと首を横に振った。


 それから、奏達は再び進み始めた。


 ゴブリンアサシンの存在に注意し、用心しながら進むこと5分、今度は通路のど真ん中にマッチョで体の大きなゴブリンが3体、錆びた鉞を担いで奏達の方に歩いて来た。


『おう、ホブゴブリンじゃねえか。STR特化の脳筋だぜ』


「そうか。【引寄アポーツ】【引寄アポーツ】」


「「ゴォブ?」」


 担いでいた鉞の重さがなくなった2体が、その原因がわからず首を傾げた。


「【聖火ホーリーファイア】」


 ボォッ! パァァァッ。


 そこに、奏が何もさせずに光り輝く火の球を放ち、2体のホブゴブリンは消えた。


「じゃあ、後は紅葉の分な」


「OK。ホブゴブリン先生の道場で鍛えるわ」


 奏にノルマを出され、紅葉はやる気になった。


「紅葉お姉ちゃん、無理しないでね。【防御強化ディフェンスライズ】」


「ありがと、楓。じゃあ、私も。【賽子弱化ダイスダウン】」


 カランカラン。


 紅葉がスキル名を唱えると、それと同時にどこからともなく青い賽子が現れ、地面に落ちて4の目が出た。


「ゴォブ?」


 各能力値が40ずつ減少したことで、体が怠くなったホブゴブリンが首を傾げた。


「じゃあ、行くわよ。【刺突スティング】」


 キィン!


 能力値が減少しても、紅葉の【刺突スティング】を受け止めるのは容易かったらしく、ホブゴブリンは鉞で紅葉の攻撃を受け止めた。


「ゴォブ?」


 今、何かしたかと言わんばかりの表情で、ホブゴブリンが紅葉を見た。


「何この顔、すっごいムカつく。ホブゴブリン風情が、私を馬鹿にするなんて万死に値するわ。【小爆弾ミニボム】」


 ドォン!


「ゴォブ・・・」


 【小爆弾ミニボム】がホブゴブリンの鉞に命中し、鉞が破壊された。


 その事実が信じられないのか、ホブゴブリンは残った柄だけをぼんやりと見ている。


「【刺突スティング】」


 グサッ。パァァァッ。


 2回目の紅葉の【刺突スティング】は、防がれることなくホブゴブリンの胸に刺さり、そのままホブゴブリンは倒れた。


《奏はLv36になりました》


《楓はLv34になりました》


《紅葉はLv31になりました》


 神の声が聞こえ、戦闘が終わると、奏はバアルに魔石を吸収させた。


《バアルはLv36になりました》


「紅葉、ホブゴブリンの鉞はどうする?」


「それ2つだけ合成しても、あんまり意味ない気がするから、キープでお願い」


「了解。【道具箱アイテムボックス】」


 ジャンクランスVer.5に合成するには、ホブゴブリンの錆びた鉞2本だけじゃ物足りない。


 そう判断した紅葉は、奏に取っておくように頼んだ。


 奏が収納を終えると、紅葉はドヤ顔で奏に話しかけた。


「奏君、どうよ? ホブゴブリン1体なら、十分私でも戦えたでしょ?」


「【刺突スティング】を放つ時、腋が閉まってない。先の先が取れたから良かったものの、大してINTが高い訳じゃないのに、一か八かのスキル頼みで攻撃を仕掛けるのはどうかと思う」


「あ、あの、私、”賭博師ギャンブラー”だから、ここ一番の運は良いはずよ? あっ、1日1回の効果は使っちゃったんだった・・・」


「俺がいた田舎なら熊に殺されてたぞ」


「はい、調子に乗ってごめんなさい」


 猟師だった祖父のいる奏の言葉の重みに、自分が未熟である現実を突きつけられ、紅葉は素直に謝った。


「紅葉お姉ちゃん、お願いだから真剣にやって。命かかってるんだから」


「むぅ。これは言い返せないわね」


 ファンタジー要素が地球に現れたことで、どうしてもソワソワして真剣になり切れない紅葉に対し、楓もパーティーの命を預かる身として厳しく言った。


 そこに、追い打ちをかけるようにバアルが口を開いた。


『おっと、言い忘れてたが、ゴブリンも上位種になると異種族の雌を攫って犯すから気を付けろよ』


「ひっ!?」


「うわぁ、マジかー」


 楓は怯え、紅葉は引いていた。


 紅葉の場合はラノベ等で耐性があったけれど、楓にはそんなものはなかった。


 プルプルと震え始めている楓は奏の服の裾をちょこんと摘んだ。


 それに気づいた奏はゆっくりと楓を抱き締めた。


「怖くない、怖くない。大丈夫。楓は俺が守ってやるから」


「そ、奏さん・・・」


「え、奏君、私は?」


「今の紅葉なら自力で倒せる」


「意義あり! やり直しを要求する!」


 ノータイムで楓と違う対応をされたため、紅葉は奏に異議を申し立てた。


「却下する」


「そんなぁ。ほら、さっきみたいな戦い方だったら、私、捕まっちゃうよ? エロ同人誌みたいにやられちゃうかもしれないのよ?」


「・・・」


 奏に無言でジト目を向けられ、紅葉は土下座した。


「お願いします。そんな目に遭わないように私も助けて下さい。これからはちゃんと考えて戦います」


「よろしい」


「ありがとう」


 ビシッとした土下座で言葉に真剣さがしっかりと現れていたので、奏は紅葉も助けることを約束した。


『良かったな、紅葉の姉ちゃん。ちなみに、オークは普通の奴でも異種族の雌を攫って犯すからゴブリンだけ警戒しても駄目だかんな』


「わかったわ」


 流石に貞操まで危険に晒されるとわかれば、紅葉だって冷静になれる。


 オタク全開な紅葉だって、会社では自分に理解を示してくれる奏のことを好いており、できれば奏と付き合いたいなと思っているからだ。


 奏に捧げるべき純潔を、ゴブリンやオークに奪われたとなれば、「くっ殺」をリアルにやるしかなくなるだろう。


 紅葉が真剣な表情に変わり、楓の震えが止まると、奏達は探索を再開した。


 黙っていると、楓が余計なことを考えてしまうと思い、奏は楓に話しかけた。


「楓と出会った時、ダンジョンの中にコンビニがあったが、このダンジョンでは建物ごと呑み込まれてることはないのかね?」


「どうなんでしょう? でも、この一本道ってそんなに広くないですよね。建物がこの道にあるとは思えないです」


 そこに、仲間外れは寂しいとばかりに、紅葉も会話に参加した。


「奏君は、起きた時自宅にいたのよね?」


「まあな。スプリガンを倒した時は、寝惚けて傘でぶん殴っちまった」


「えっ、傘でモンスター倒したの!?」


「奏さん、傘で戦ったんですか!?」


 まさか、奏がそんな無茶をしていたとは知らなかったので、紅葉も楓も驚きを隠せなかった。


「手元にあったのが傘だったんだ。それに、まだ起きるような時間じゃなかったのにスプリガンが俺の家のドアを叩くもんだから、むしゃくしゃしてやった」


「奏君、バアルさんは当然その時持ってなかったのよね?」


「ああ。スプリガンを倒したら世界で初めてモンスターを倒したとかアナウンスが聞こえて、バアルを手に入れた」


「パジャマでモンスターと戦う奏君、想像しただけでシュールだわ」


「んなこと言われても、寝起きにキモイ化け物見たらうっかり殴っちゃうって」


 紅葉が苦笑するのを見て奏は弁明した。


『おい、奏。おしゃべりはそこまでにしておきな。奥から1体、そこそこの奴が来るからよ』


「わかった」


 バアルからモンスターの反応を感知したと知らされ、奏はいつでも戦える体勢を取った。

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