第6話 2文字だし、呼びやすいでしょ?

 奏が楓を迎えに行くと、楓は奏に抱き着いた。


「楓さん?」


「心配しました!」


「ごめん」


『ほっほ~。奏も隅に置けねえなぁ』


「バアル、黙れ」


『へ~い』


 空気を読まず、茶化してくるバアルを黙らせると、奏は楓の頭を撫でた。


「俺は無事だから、安心して」


「見てたからわかります。それでも、あんな化け物の群れを相手にすれば、心配しないはずがないありません」


 奏にとって、楓に心配されることに悪い気はしなかった。


 むしろ、嬉しく思うぐらいだった。


 父母はおらず、祖父も既に老衰で死んでおり、それ以外の親族はもう誰とも連絡がつかない。


 勤める会社では、代わりならいくらでもいると言わんばかりに酷使され、自分を心配してくれるのは同僚の紅葉ぐらいだったからだ。


  その紅葉だって、ダンジョンやらモンスターやらで滅茶苦茶になった今、無事でいるとは断言できない。


 それゆえ、奏は楓に心配されて心が温かくなったのである。


 本当は、もう少しこの余韻に浸りたいところだが、状況がそれを許してくれないので、奏はゆっくりと楓を自分から引きはがした。


「楓さん、ここを出る準備をして。いつまでも、ここにいる訳にもいかないから」


「わかりました。40秒で支度します」


 そう言うと、楓はスタッフルームへと走って行った。


 ラノベ好きの紅葉の妹というだけあって、楓にもそういう影響があることを奏は理解した。


 その後、40秒での支度は無理だったものの、3分程で楓は着替えて奏の前に戻って来た。


 茶色い髪はポニーテールにして、白い丸首シャツにベージュのカーディガンを羽織り、黒い鞄を肩にかけ、下は薄い青色のジーンズ、黒いスニーカーという見た目だった。


 そういう服装をすれば、大学生に見えなくもない。


 というか、一部がすごい盛り上がっているせいで、それが子供じゃないアピールになっているというのが正直なところだ。


 バイトに行く服装とはいえ、気を使っているのがわかるのだが、戦闘服の奏と並ぶと違和感があるのは仕方ないだろう。


「お待たせしました」


「大丈夫だよ。その服装もばっちりだ」


「ふぇ?」


 突然、奏に服装を褒められたことで、楓の顔が赤くなった。


「スカートとかヒールだったら、ダンジョン内を移動するには不向きだからさ」


「アハハ、ですよねー」


 楓は溜息をついた。


『おいおい、奏。そりゃねーよ』


「何がだ?」


『こいつマジか。いや、なんでもねえ』


 奏の鈍感さに呆れ、バアルも溜息をついた。


「楓さん、覚えてたらで構わないけど、気を失う前に何をしてた?」


「気を失う前ですか? えっと、私は5時~9時の早朝シフトのため、勤務開始10分前にコンビニに到着しました。私の前のバイトの人と入れ替わりで、店の売り場スペースに出てすぐに、店の電気がいきなり真っ暗になりました。気が付いたら、高城さんが目の前にいました」


 (楓さんの話が確かなら、ダンジョンやモンスターが現れたのは、午前5時ぐらいか。俺が物音に起こされた時間に合致するな)


 楓の話を聞き、自分の記憶と照合することで、奏はいつ世界が変わった時間帯を大雑把に割り出した。


「無事で良かった」


「私、こう見えて運だけは良いんです」


「運も実力さ。ところで、楓さんは高校までで何かスポーツをやってた?」


「・・・すみません。私、文科系です。ずっと生徒会の書記でした」


 ダンジョンで役に立てないと思い、楓はズーンという効果音が聞こえてしまうかのように沈んだ。


 その様子を見て、奏は慌ててフォローした。


「いや、大したもんだ。生徒会は立派な仕事だし、根気のいる仕事だと思うよ。俺なら、生徒会室で座ったら3秒で寝る自信がある」


「ウフフ、なんですか、それ。変な高城さん」


 楓は奏のおかげで、少し元気を取り戻した。


「あのさ、もしかして高城たかきって言いにくい?」


「ちょっとだけです。うっかり、高城たかぎさんって呼びそうになります」


「それなら、奏で良いよ」


「ふぇっ?」


「2文字だし、呼びやすいでしょ?」


「はっ、はい。じゃあ、奏さんとお呼びします。あのあの、さん付けは距離を感じるので、呼び捨てにしてもらえませんか?」


 顔を赤くしつつ、覚悟を決めた表情で、楓は自分の名前を呼び捨てにするように頼んだ。


「わかった。じゃあ、楓って呼ぶよ」


「うにゅっ」


 自分は覚悟をしていったにもかかわらず、照れる素振りを見せずにさらっと名前を呼び捨てにされ、楓は頭から煙が出そうになった。


『奏、お前マジかよ』


「何がだよ?」


『いや、なんでもねえ』


 奏の鈍感さに対し、バアルは溜息をついた。


 それから、奏は楓を連れてコンビニを出発した。


 奏は自分の荷物から、楓に特殊警棒を渡した。


 元はと言えば、祖父の持ち物として奏に引き継がれたのだが、今までそれが活躍することはなかった。


 しかし、今はモンスターから身を守らなければならない。


 奏にはバアルがあるが、楓には何もない。


 そういう理由から、奏は楓に特殊警棒を持たせた。


「む、無理です。私、ケンカとかしたことないですし」


「この先、やらなきゃやられる状況になるかもしれない。勿論、俺が一緒にいる間は、できる限り守ると約束するけど、どうしようもならない時に丸腰なのは良くない」


「私のこと、守ってくれるんですか?」


「当然だ。秋山には世話になってるから、俺が楓を秋山に送り届けるよ」


「紅葉お姉ちゃんと合流したら、奏さんはどこかに行ってしまうんですか?」


 捨てられないように、必死に縋り付く子犬のような目をされ、奏は宥めるように楓の肩に手を置いた。


「楓には、秋山以外にも両親だっているだろ? そこに部外者の俺がいるのは変だ」


「私、紅葉お姉ちゃんしか身寄りはいません。母は私を生んだ後、体調が急変して亡くなり、父は私が小学6年生の時に事故で亡くなりましたから」


「・・・それは、悪い。知らなかったとはいえ、余計なことを言ったな。ごめん」


「良いんです。もう、立ち直りましたから。でも、私と紅葉お姉ちゃんだけじゃ、心細いです。奏さん、紅葉お姉ちゃんと合流できても、私達と一緒にいてくれませんか?」


 (困ったな。寝放題の夢が遠のきそうだ。だが、秋山には世話になってるから、ここで断るのは違う気がする)


 自分の欲望と、返すべき義理を天秤にかけ、奏は後者を選択した。


 正確には、義理を返したら、気ままに寝放題な生活を手に入れるつもりだが、今はそれは置いておこう。


「わかった。でも、まずは秋山と合流してからだ。話し合った結果、どうなるかは秋山と会わないと決まらないだろ?」


「はい! ありがとうございます!」


『ケケケ、お優しいこって』


「黙れ」


 茶化すバアルに、奏は苛立った。


「あの、さっきからずっと気になってたんですが、奏さんはそのバールと話してるんですか?」


 楓は気になっていた疑問を、この機会にぶつけてみた。


 この機会を逃すと、次に質問できるチャンスがないまま、ずるずると先送りになってしまいそうだからだ。


『おうともよ。俺様の名前はバアル。元々は神だったが、色々あってこの神器バールの姿にされちまったんだ。今は、奏のユニーク武器なんだぜ。よろしくな』


「あっ、はい。バアルさんですね。秋山楓です。よろしくお願いします」


『おう、楓嬢ちゃんは良いな。奏と違って、敬意を感じる』


「敬ってほしけりゃ、俺の望みと逆のルートをナビすんじゃねえ」


「逆のルート?」


「なんでもない」


 楓が首を傾げると、奏はこの話を止めた。


 流石に、自分は安全な道を行きたかったのに、バアルのせいで困難の多い道を行く羽目になり、そこで楓に遭遇したとは口にできなかったからだ。


 そんなことを言えば、楓が傷つくのは容易に想像できる。


 だから、奏は話を終わらせたのだ。


『おい、奏。またモンスターが来たぜ。しかも、団体さんだ』


 バアルの告げる知らせは、奏にとって今聞きたくないものに違いなかった。

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