枕を変えたらダンジョンで目覚めた件について

モノクロ

第1章 ダンジョン探索

第1話 バールじゃねえ。バアルだよ

 ガンガン! ガンガン!


 (・・・うっさいなぁ)


 玄関のドアを叩く音がして男は目を覚ました。


 この男の名は高城奏たかきそう


 寝ることを愛し、つい昨日、10万円の寝心地抜群な枕を買った男だ。


 奏がこの枕を買ったのは、”極上の睡眠を貴方に”というキャッチコピーの惹かれたからである。


 しかも、メーカーはこの枕を使ってぐっすりと眠れなければ購入代金を返却することを保証している。


 強気なメーカーの態度に奏は飛びついた。


 それは奏が大した趣味はないくせに、寝ることだけには金を惜しまない男だったからだ。


 人間には食欲、睡眠欲、性欲と三大欲求がある。


 奏はその中でも睡眠欲が幼いころから異常に強かった。


 社会人となった今でも、7時間は寝ないと調子が出ないのだが、入社した先がブラック企業であり、そんなに寝る時間を割けることはなかった。


 ブラック企業には在宅勤務をする余裕もなく、通勤にも時間がかかるから遅寝早起きの生活を余儀なくされている。


 だからこそ、せめて質の良い睡眠にしようと、昨日新しい枕にした。


 (折角良い感じに寝てたのに、邪魔しやがって。あと1時間は寝れるじゃねえか)


 奏は枕元に遭った時計を見て、若干機嫌が悪くなった。


 今日は土曜日。


 普通の企業なら休日だが、奏の会社は違った。


 社畜に休みなしという現実から逃避するための枕は、奏が起きるまでは最高のパフォーマンスをしたけれど、外的要因にまで対応できはしない。


 ガンガン! ガンガン!


「あぁ、もう! うるせえな!」


 二度寝を邪魔するドアノックに、奏は苛立ってベッドから起き上がった。


 パジャマを着たままだがそんなことは知ったこっちゃない。


 自分の眠りを邪魔する者は万死に値すると憤慨し、奏は玄関の傘立てに入った傘を手に取り、ドアを開け放った。


「ケケケッ」


「なんじゃこりゃあ!?」


 ガァァァァァン! ドサッ。パァァァッ。


 奏が開けたドアの先にいたのは、ズタ袋に手足が生えたような異形の存在。


 寝起きの奏は、思わず傘の先端を握りしめ、手元の曲がった部分でフルスイングしてしまった。


 その異形の存在は奏のフルスイングを受け、当たり所が悪かったのか力なく仰向けに倒れた。


 ところが、その後が問題だった。


 倒れた異形の存在が光になって消え、赤い石とその姿が描かれたカードになってしまったのである。


《おめでとうございます。個体名:高城奏が、世界で初めてモンスターを倒しました。初回特典として、とどめを刺した武器がユニーク武器に強化されます》


《奏はLv2になりました》


《奏は【自己鑑定ステータス】を会得しました》


《奏は【睡眠スリープ】を会得しました》


 色んな内容が聞こえたが、奏が着目した点は少し普通と違った。


「傘って武器じゃないだろ!?」


 突然聞こえた声に奏はツッコんだ。


 ピカァァァァァン!


「目、目がぁぁぁぁぁっ!」


 どこぞのサングラスをかけた大佐のように、奏はいきなり発生した光に目をやられた。


 (クソ、いったいなんなんだよ! 俺の睡眠を邪魔するだけにしては手が込み過ぎだろ!)


 なかなか視力は回復せず、目を開けられるようになったのは、それから3分後のことだった。


 (あれ、おかしくね? 右手が重いぞ。傘ってこんなに重かったか?)


 違和感のある重さに奏は右手に握る傘を確認した。


「えっ、バール?」


 奏が握っていた傘はいつの間にか絵にかいたようなバールになっていた。


『おめでとうっ! お前が俺様の主か! 俺の名前はバアル! よろしくな!』


「は? バールが喋った?」


『バールじゃねえ。バアルだよ。そこんところ間違えねえでくれよな』


「俺の傘がバールになっちまった」


『バアルだっての。ほら、お前も名前ぐらい知ってんだろ? 俺様はな、神話で有名なバアルさんだよ』


「バールがバアルってギャグだろ・・・」


 自分のことをさん付けして喋るバールがあったら、普通なら幻覚だと思うだろう。


 一般的な社会人が休日にそんな体験をしたら、自分の頭がおかしくなったと判断して病院に行くはずだ。


 しかし、奏は今日も出勤しなければならない。


 何故なら社畜だから。


「いや、待てよ。幻聴が聞こえるって言えば、病欠にできるんじゃね?」


『おいコラ。俺様の声を幻聴扱いすんなよ。それと奏の会社? 多分機能してねえぞ?』


「名乗ってねえのになんで俺の名前を知ってんだよ」


『そんなもん、俺が傘に乗り移った時に奏の記憶を読み取ったからに決まってんだろうが』


 そんな当然のように言われても、決まってるはずがない。


 自分の記憶を読み取られたことよりも、奏には重要なことをがあった。


「なあ、俺の会社が機能してねえってどういうことだ?」


『あん? お前、ドアの外見てみろよ。普通じゃねえだろ?』


「外? って、ここどこだし!?」


 この時点で、ようやく奏は家の外に目を向けた。


 先程までは、目の前に異形の存在がいたせいで、外の様子が見えなかったのだが、今は違う。


『気づくのが遅いっての。それよりもよ、奏よ、お前の足元に転がってる魔石とカード、俺様に喰わせてくれよ』


「魔石? この赤い石のことか? カードも? つーか、喰わせるってどうやってだよ?」


『近づけてさえくれれば、俺様が吸収する』


「よくわかんねえけど、まあ良いや。ほらよ」


 シュゥゥゥッ。


 奏がバアルを魔石とカードに近づけると、それらがバアルに吸収された。


《バアルがLv2になりました》


《バアルが【サンダー】を会得しました》


《バアルが【道具箱アイテムボックス】を会得しました》


 異形の存在を倒した時と同じ声が聞こえ、奏は首を傾げた。


「この音声ガイドみたいなやつって何?」


『あぁ、そりゃ奏の住む地球を変えちまった神の声だな』


「神なんているのか」


 国教のない日本では無宗教の人だっている。


 奏もその中の1人だ。


『俺様だって元々は神だ。今は神器バールにされちまってるが、強くなれば色々できるようになるんだぜ?』


「強くなるのに魔石とカードを吸収する必要があったのか」


『その通り。魔石を喰えば俺様のレベルが上がる。俺様のレベルが上がると神だった頃に使えたスキルを再現できるぜ。【サンダー】を会得したって聞こえたろ? あれもそうさ』


「カードを吸収したらどうなる?」


『モンスターカードを吸収すれば、そのモンスターが使えるスキルを会得できる。さっきのモンスターはスプリガンだから、【道具箱アイテムボックス】を会得したな』


「マジかよ。ラノベの世界に入り込んだみたいだ」


 その感想は自然なものだろう。


 奏は寝ることが好きな男だが、会社にいる間は寝る余裕なんてない。


 そんな癒しのない空間で同僚が奏に進めたのがラノベだった。


 その同僚は根っからのオタクだが優しい人柄で、寝足りなくてグロッキーになってた奏に声をかけた唯一の存在である。


 奏も寝ることが第一だとしても、自分を気遣って薦めてくれたものを無下にするようなことはしない。


 その同僚のおかげで、奏は寝ることの次にラノベを読むことが好きになった。


 事前知識があったことにより、奏は現状を少しだけ理解できた訳だ。


『その認識で大体合ってるぜ。ちなみに、俺様は奏のユニーク武器だ。どこかに置こうがすぐに手元に戻るから、捨てようなんて絶対に思うなよ?』


「何それ怖い。ストーカー?」


『おいおい、その反応はねえよ。俺様は神だぜ? ユニーク武器ってすげーんだぜ? もうちょっと喜べや』


 (バアルに自分を押し売りをされても、喜べねえよな)


 正直、よくわからないままユニーク武器を手に入れた奏にとって、いまいちバアルのありがたみは腑に落ちていない。


「そうは言ってもなぁ。ドアを開けたらスプリガンだっけ? それが出てきてぶん殴って倒したと思ったら、自称神のユニーク武器の押し売りだ。しかも、家の外が洞窟になってるくれば手放しには喜べねえよ」


『そうか。それなら仕方ねえ。俺様が奏のテンションを上げてやろう。奏、【自己鑑定ステータス】って言ってみな。Lv2になったお前は、会得してるぜ』


「わかった。【自己鑑定ステータス】」


 バールの言う通りにした途端、奏の目の前に画面が現れた。

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