phase4
1 髪のケアって本当、大変なのよね
その人物はキャップをとって黒いウェーブの髪をほどいた。長い時間まとめていたため、少し軋んだ髪に顔をしかめる。わざわざ色まで染めたのだ。早いところトリートメントケアをしてやりたい、と彼女は思った。バスタブに湯をためる。
室内の装備品ケースに、着ていたユニフォームやらバットやらを仕舞い、封をする。証拠を残さないように、後で依頼者が回収しに来るだろう。その依頼者の憎たらしい表情を思い出しながら、彼女は報告の連絡を入れた。下着姿のまま、ソファに腰掛ける。2コールで男が電話にでた。鏡の前で顔を確認しながら口を開く。
「お望み通り不意打ちしてみたけどやっぱり手強かったわ…、でもナイフは出してこなかった。さすがに市街地じゃ使えないわよね」
「騒ぎになったようだが」
「騒動なんて問題ないわ、あのスポーツチーム、トラブルの常連らしくてね。ケンカの延長みたいなもので処理してもらってますからね」
「それで? 手ごたえは?」
「動きは悪いわねぇ。少なくとも過去にグランドイルで手合わせした時よりは動きは落ちてるわね。あの当時の彼だったら……」
「君は負けていた?」
男の指摘に、彼女はわざと聞こえるように舌打ちをした。そうだ、あの頃の彼を相手にしていたなら、たとえ彼が人間相手を不得手としていても自分が優勢になれたとは思えない。彼女は鼻から息を漏らす。
「えぇ、私が負けていたでしょうよ」
「恥じることではない。今の実力を知るということは、成長に大事なことだ」
「それを、今の彼に早急に伝える必要があるんじゃなくて?」
「できればやっているさ。事務局には内密に進める必要があるから、こうして君に協力を頼んでいるのだから」
「協力? 脅迫の間違いでしょうよ。そのグランドイルでの私の後ろめたさを、こうして利用しているんですからね」
「だが、君はこうして協力している。感謝するよ」
「…お力になれて光栄よ」
彼女はわざと皮肉を口にした。こういうところが、どうも彼に似たらしい。男は相変わらず抑揚のない声のまま指示を告げた。
「では彼の交戦データ報告を頼む。それが済んだら、向かってほしい場所がある」
「もう次の仕事? 私これからシャワーなのよ、この街暑くて」
「……、あとでいいからファイルに目を通しておいてくれ。私も頃合いをみてそちらに伺おう」
「手ぶらで来ないでよね」
彼女はそう言って、電話を切った。浴室に向かい、湯を止める。鏡に写った自分の顔をじっとみつめた。そして今日、久しぶりに会った彼の顔を、そこに重ねた。
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