1-2 今日のスケジュールを確認するか
話し声が聞こえてくる方向へ顔を向けると、琴平がソファに腰かけていた。こちらに背を向けたまま通話をしているようだったが、伊野田は気にせずに冷蔵庫からドリンクを取り出しグラスに注いだ。カウンタに身体を預けて置いてあったタブロイド誌に目を通しつつ、彼の通話が終わるのを待った。誌面はほとんどがカーニバルの情報だった。
「ああ、こちらは既に現地に入っている。問題はない。そちらも打ち合わせ通りに頼む」
その言葉を最後に琴平が通話を終了させたのを確認し伊野田は声をかけた。
「事務局か? 電話なんてめずらしいな」
「事務局にはまだまだ古い体質の人間がいるのでな…」
琴平は肩越しにそれだけを言ってから端末を操作し、テーブル上にデータを展開させた。伊野田はグラスを片付けてからソファに腰をおろし、足を組んで背もたれに肘をかけた。琴平を見ると、彼は薄手のスーツを着用していた。柔らかな色合いと麻素材のそれは、見るからに上等なものだとわかった。赤土とレザー、葉巻のような、この土地の山岳地帯を思わせる香りを纏い、彼はデータを読み上げつつ、伊野田に視線を合わせた。
「それで今日のスケジュールだが。私はテグストルの鉱石物板金研究所と警備会社を訪問してくる。きみは昨日説明した範囲にある施設を偵察し、デザイナーベイビーの所在を確認したまえ」
「別行動で大丈夫か?」
「と、いうと?」琴平が訝し気な視線を向けて見せた。
「いや…、あんたがおれを監視しないで仕事っていうのも、それはそれでなんていうか」
「一緒にいかないと仕事ができない程、きみは子供かね?」
「いちいち癪に障る言い方するなよ。いいよ、信頼されてるってことにしておくから」
伊野田はため息交じりに返事をする。
「目立つ行動はなるべく避けるように。義手だということもあまり悟られるな。万が一デザイナーベイビーを発見したら連絡しなさい。いつかみたいに、一人で乗り込まないこと。それと…」
「それと、何? 武装についてならセラミックナイフしか持ってないよ。ったく、そんなに言うことあるなら、ついて来れば?」
遮るようにあきれ声でそれだけ言い放ち、伊野田は部屋を後にした。部屋にひとり残った琴平は再び携帯端末を取り出し、2コールめで応答した相手に向かって静かに告げた。
「私だ。いま、一人になった。ナイフを携帯している。心してかかりたまえ」
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