1-3 悩みって人それぞれだよな
伊野田は琥珀色の瞳を天井に向けたまま、なんとなく手を掲げて、うすぼんやりと考える。掲げたのは義手のほうだ。偽物の腕。本物の腕は数年前にグランドイルという地区の仕事で無くした。事故と言えば事故だが、己の緩慢さが引き起こしたことだというのが間違いないだろう。
彼自身もまた、笠原工業によって製造されたオートマタ用の生態素材”
そしてその際に自分に付随された特色が”先読み”で、オートマタの動きの予測が数手先までできるようになっている。このおかげで、今までも違法機体の撃退に役立っていたわけだが。本当のところの特色は、オートマタ化したあとに発揮されるものらしく、伊野田自身もあまり詳しくはない。
同世代で1人だけがデザイナーベイビーからオートマタ化に成功した者がいるが、成功したものの末路も、失敗したものの末路も、彼は知っている。
この特別な力を付随された人間とオートマタを組み合わせた新製品を製造し、新製品として開発を進めるのが、笠原工業の目的だった。これは現在一般向けに販売されている家庭用オートマタとは真逆のもので、主に軍事用である。
テグストルから北上した中立地帯をさらに超えると、雪原が広がる国がある。そこでは今でも戦争が行われているため、軍需産業が国益の多くを占めている。笠原工業はそれを狙っているのだ。きけばその国にも高度なテクノロジーがあるらしいが、情報操作をされているのかエリア内に詳細は降りてこなかった。
そのうえデザイナーベイビーは、あくまで”素材”という認識なので、笠原工業の人間ならともかく、事務局の一部の人間からも、ヒトとは認識されていないのが現状だ。使い物にならなければ、期限切れの食材のように破棄される。そんな現状も、伊野田は散々見てきた。
あげく人間でもオートマタでもない中途半端な生態のせいで、人間に触れると拒否反応で発疹がでる始末だ。早いところこういった問題を解決して、好きなように生活をするのが目標であるのに、周りがなかなかそうさせてくれそうにない。
別の街で見てきたようなオフィスワーカーのように、いつか自分も働きたいと思っているのに、今はその真逆にいる。
今回の仕事は自分と同類であるデザイナーベイビーの保護であり、保護できたとしてもその後に何がどうなるかは事務局が決めることで自分にもわからなかった。その2人と会って話をしたいのか、壊してしまいたいのか、説得をしたいのか、自分はどうしたいのだろうか。
自分はオートマタ化するのはまっぴらだが、もし2人がオートマタ化を望んでいたら、彼女らに何を言えるのか今は思いつかない。とりあえず、今考えてもわからないことを考えても無駄に頭を消耗させるだけなので、伊野田は椅子に座り直し、口を開いた。
「しかし、自分たちで創り出した素材に反撃されたり、うっかり手放したら捕まえられなくなったりって、笠原工業も案外抜けてるとこあるなぁ」
「姉貴にいっとくよ」
拓が渇いた返事をした。それに満足したわけではないが、伊野田は息を吐いて、仄暗さを含みだした窓の外に目を向けた。琴平がその視線を追うと、瞳が一瞬だけ緑色に輝いたように見えた。
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