3-1 サジェスト効果って、やっぱりあるよな
伊野田が広場を歩いていると、どこからか「お兄さん」と呼ぶ声が聞こえてきた。それが自分に向けられたものだと気づくのにあと2回呼ばれる必要があったが、彼が目を丸くさせながら周囲を見渡すと、キッチンカーの中から女性がこちらに手を振っていた。
思ったより近くから声を掛けられたのだな、と思いつつ、自分の背後の人間を呼んでいるのではないかという考えを捨てきれずサングラスを外して一度振り返るが、該当しそうな人間はいそうになかった。
伊野田も一瞬笑みを返して、ライトグリーンの小型キッチンカーに向かった。艶やかなブリュネットの髪をラフにまとめ、程よく小麦色に焼けた肌をした健康的な雰囲気の店員だった。
丸みを帯びた額が子供っぽさを感じさせたが、すっと通った鼻筋と二重瞼のせいで年齢不詳な外見に伊野田は多少たじろいだ。未成年ではなさそうだが。
「お兄さん、そうそう、あなた。よかったら食べていかない?」
「ロブスター…サンド?」単なる呼び込みに振り返ったに過ぎないが、デカデカと主張する看板の派手な”ロブスター”の文字にうっかり興味を持ち、カウンター横のメニューボードを眺めてしまった。
「そう。ここでしか食べられないよ。ロブスター食べたことある?」カウンターから身を乗り出した女性店員は面白がるように看板のロブスターを指さした。
「あるけど…」気圧されながら、おずおずと答えた。アルコールで頭が少し、程よくぼんやりしている。彼女のサロンを見ると、そこにもロブスターがハサミを合わせたイラストが描かれていた。
「じゃあ、ぜひ、他所のロブスターとの違いを試さなきゃテグストルに来た意味ないよ。お兄さん、その恰好、観光でしょ?」
そう指摘されて伊野田は思わず笑みをこぼした。拓の言うとおり、確かに遊びに来ているような恰好である。ひとまず彼は同意することにした。
「…うん、観光だよ。せっかくだからいただくよ。どれがお勧め?」
そう言いながら、支払い用にと右手で取り出した端末を半ば無意識に掲げると、驚きと興味を足して2で割ったような顔をしてみせた。アーモンド形の目が光っている。サンドイッチのソースを掴んだままだ。
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