3-2 女性の話を聞く時は否定せず、適度に相槌をするんだぞ
「え? それ腕?」
彼女はカート越しに身を乗り出し、珍しそうに伊野田の右腕を凝視した。彼は昔、右肘から下を事故で失くしてからは義手なのだが、普段はあえて武骨なデザインを利用していた。腕の振りしたモノがくっついているのが、どうも慣れないのだ。
しかしテグストルでは”腕っぽいものを利用しろ”と同行者に注意され、しぶしぶシリコン製の義手を装着していたが、接続部分が目立ったようだ。指摘に驚きはしたが、彼はやんわりと口を開いた。なんとなく右腕を摩りながら。
「腕、義手だよ。珍しいかな?」
「珍しい、珍しい。って、嫌な気分にさせたらごめんなさい」
彼女は”はっ”として少し俯いた。悪気がないことはわかっていたので、伊野田は静かに首を横に振った。
「ぜんぜん嫌な気分じゃないよ。見る?」わざと大げさに腕を掲げると、彼女はクスリと笑って見せた。両頬に笑窪が浮かぶ。
「ありがとう、じゃあロブスターサンドひとつ、つくりますね。でも珍しいと言えば、ここにもようやくオートマタが導入されたの、あれって面白いね。お兄さんどこからきたの? オートマタが普通にいるところ?」
「ああ。都会から来たっていうか。そう。オートマタが普通に導入されてる街から来たんだよ。だからおれは逆にテグストルが珍しいよ」
「へぇー、すごいなぁ、羨ましい。ここじゃ毎年口酸っぱくして導入を希望してやっと配備されたんだから。カーニバルの時くらい警察官も警備会社も休みたいでしょ?」
その警備会社にとっては稼ぎ時なのでは…という意見は飲み込んで伊野田は「そうだね」と同意した。必ずしも正論を言えばいいというわけではない。特に女性に対しては。彼は続ける。
「それにしても、ここはいつもこんなに……賑わってるの?」
「いつもはもう少し穏やかかな。今はカーニバルの時期だからこんな感じ。最終日はもっと派手で花火もあがるし、レインボーペイントっていってみんなでカラーボール投げ合うの。中からいろんな色の粉が出てきて、みんな粉まみれ。映像で見たけど派手だし最高よ。終わった後は洗い流すのに、街中水浸しになってたけど。まさか知らないで来たの? そこにガイドがあるからどうぞ」
彼女はコンベアトースターに開いたパンを乗せている間に、カウンター脇からガイドマップを掴んで伊野田に差し出した。
「今どき紙のガイドなんて、味があるね」彼はそう言って、観音折りのガイドを広げてみた。マップの他に日程表やら出展フード一覧やらが掲載されている。
「紙のガイドの方が雰囲気出るでしょ?」
まな板の上にレタスとオニオンを敷きながら、彼女は楽しそうに言った。一通り眺めたあと、伊野田はガイドを閉じてポケットにしまった。彼女は焼きあがったパンを取り出すと、バターを軽やかにたっぷりと塗って野菜を挟み込んだ。そしてトングを器用に使って大ぶりのロブスターをパンの背がちぎれる寸前まで詰め込み、仕上げにソースを回し掛けてからクラフトボックスで包んだ。
支払いを済ませた伊野田がカウンター越しに両手で受け取ると、背後から何かで肩をタッチされ驚いて振り返る。
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