1-6 物件選びって、むずかしいよな
機体の情報に緊急性が無いことがわかり、伊野田は少しだけ安堵して息を漏らした。しかし表情には少しだけ緊張感が漂っていたように拓には見えた。だがそれが気のせいかと思うくらい、気の抜けた声で伊野田がぼやいた。
「海岸沿いのホテルに泊まりたかったな」
伊野田が見上げる。この辺りは少しだけ背の高いホテルが並ぶが、それがつくる影が市街地を邪魔するほどではなく、横長のストラクチャなので、どの部屋でも景色を逃さない。観光客向けの電動カートやレンタルサイクルが海岸沿いを走っている姿が多く見られた。
「遊びにきてるんじゃないんだぞ」
拓に釘を刺され、それを気だるそうな顔で受け流してから、伊野田が口を開く。
「市街地のあんな奥まったところに事務局支部を置くなんて、どうかしてる」市街地を振り返ったついでに周辺に素早く視線を這わせた。
「まぁね、わからなくはない」
拓は苦笑いで同意し、つられるように振り返り市街地を眺めた。すぐに正面に向き直ったが。
彼らの拠点である事務局支部は市街地の中に位置する。地元民が多く生活している地帯で、土地が安いからだろうな、と拓は思った。
とはいうもののエリアのあちこちに支部を建設するとは、事務局も相当力のある組織であることを今更ながら拓は思い出した。オートマタ産業の盛んなメトロシティに本拠地を構え、各地に支部を置き、オートマタの監視対策・掃討を行っている。
当然ながら、同拠点で秘密裏に違法機体を製造している笠原工業などとは敵対関係になり、拓の主な情報売買の取引先でもある。横に居る伊野田本人は事務局員というわけではないが、未だ滞在拠点にいるであろう彼の同行者が、拓が知る数少ない事務局調査員の一人であった。
であった、というのは調査員としては既に引退しているからであり、伊野田の目付け役として同行している。20代後半の男に目付け役が付くのも考え物だが、それなりに理由がある。その理由を頭の中で揺らめかせていると、別の人だかりを見つけた伊野田が、フラフラとそちらに進んでいった。
「まだ食べる気か」と呟くと、聞こえていたのか彼は振り返り様に「最近、疲れやすいんだよな。食べれるうちに食べないと元気でないだろう」と答えてから向かって行った。ほんとにしょうがない奴だな、と呆れつつ、たまには悪くないなという気持ちを保つことにした。
この空気は今だけだろう。つい数週間前までメトロシティで宿敵と対峙してきたのだから、これくらいの穏やかさに触れるのは悪いことではないと、拓は自分を納得させた。
彼の飲みすぎさえ注意してれば同行者も口うるさくは言わないだろう。拓は伊野田が広場を見て回っている間、ベンチに腰掛け端末で街の情報を確認した。
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