1-2 とりあえずビール、だよな

 そんなことを考えつつ、反射して差し込んできた日差しに思わず目を細める。手のひらで光を遮りながら霞んだ前方を見つめると、海に向かって続く穏やかな下り坂の沿道の先にキラリと光る水平線が広がるのがわかり、伊野田は笑みを浮かべて思わず爪先を伸ばした。サングラスを持っていたことを思い出し、視界を和らげた。


 道の脇にドリンク販売のカートを見つけそちらに近づくと、年期の入ったカートには、同じくらい年期の入った現地の男が帽子と赤いエプロンをかけてそこに立っていた。健康的な日焼けをした肌に白髪交じりの口ひげを蓄えた男は「どうだい、よく冷えているよ」と、たっぷりの氷水が入ったクーラーボックスに視線を促した。


 「じゃあ1本ちょうだい」と言うと、男は満足げに小瓶を引き上げる。所々ほつれて古ぼけた色のエプロンで豪快に水滴を拭き取ってから、蓋をカウンターに押し付けて外した。端末で支払いを済ませ、受け取ったその場で、ぐびりとあおる。小瓶に残った雫が指を伝った。


 体中が欲していた波が細胞の全てに打ちよせては心地よいうねりを生み出し、揺らす。喉を通り抜ける爽やかな刺激と穏やかな苦みが胃まで届くと、全身に倦怠感と覚醒感が波紋のように広がっていき、最後に喉が潤う感覚を味わう。

 思わず「かーっ」と声を上げた伊野田は、サングラスを少しだけずらし、琥珀色の瞳を男に向けて親指を上げるサインを送った。


 ついでに反対側の露店から漂う炭と磯の香りに引き寄せられると、網の上にずらりと並べられた牡蠣を目にすれば湧き上がる食欲に反抗する理由などどこにもなく、ひとつ、いやふたつ注文してオーニングテント側のハイテーブルに移動した。


 移動中はほとんど眠りっぱなしだったため、今になって空腹であったことを思い出し、彼はレモンをぎゅっと絞った。今しがた海から引き上げられてきたかのような香りとレモンの酸味が、網焼きすることで一層引き立つ。その香りが鼻腔を満たすと無意識に唾液が分泌され、思わず喉を鳴らした。


 大ぶりの牡蠣を飲みこむようにして口に含むと、火傷しそうなほど熱い身から際限なく染み出る旨味に悶えた。皿に残された殻を見下ろしながら肉厚の身をゆっくり噛みしめると、幾分振りかの気兼ねない食事に感慨深さまで覚えてしまい、不意に頭を抱えそうになったところで再びビールをあおった。


 これでタガが外れたのか、牡蠣だけでは当然満足できるわけがなく、海までの道に連なる露店を覗いてはつまみ、街行く人の笑い声や弾む足音に紛れ、途中で別の銘柄のビールを味わいながら、ゆっくりと初めての街を”偵察”した。

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