008

—— 喧騒 ——


開けた扉の先は螺旋階段が続いており、遠くの方で群衆の歓声のようなのが聞こえる。


階段を降りるにつれ、音は大きくまるで祭囃子のように盛り上がっている。


ようやく階段を降りるとまた扉があった。

この扉を開かずともその先に街が広がっている事が容易に想像できた。

それほどまでに漏れ出る声や音は一つの圧力として全身に押し付ける。


ガチャッ


扉を開けると、目の前にはいくつもの大きな石柱を軸に鉄板や鉄筋の建物が並び、地上にはそこかしこに幟が立ち並び、どうやって持ってきたのかキャラバンや大型トレーラー、テントやコンクリートの家屋があった。


まさしく、街という表現は正しい。しかし地上のビル群のような綺麗な整列感はなく、混沌と歪さを体現したような空間だった。


俺が入ってきた扉以外にも壁には水路につながる穴や扉があった。


この空間の広さはどれくらいかわからないが、この場所の用途はわかった。


洪水時に放水される巨大な地下水路だ。


自分の世界がひっくり返るほどの衝撃だ。

まるで異世界の街だ。これと同じような街が東にもあるのか。『エデンズ』だったか。


普通に生きていてその地下で暮らす人がいるなんて事考えるか?


地底人の存在を追う研究者やオカルトマニアはさぞ喜ぶだろうな。


扉から出て呆然としながら歩いている俺にもキャッチのような男や露店の女が声を上げながら客引きをしている。


驚いてばかりもいられない、本来の目的を思い出さないと。


まずはなんでもいいから情報だな。

情報屋がいるらしいけど、それなりに広いこの場所で一体どこへ行けばいいんだ。


とりあえず、次に目についた居酒屋に入ってみるか。


服屋にタバコ屋、地上にもあるものから、地上にないような不思議な品物などが露店に並んでいる。

中年のマダムが瓶詰めにされたなにかを手に取りこちらを見て手招きしている。

ここでは何があるかわからない、目を逸らし急ぎ足で前に進むと後ろで小さな舌打ちが聞こえた。


十字路に着くと左に居酒屋らしきものを見つけた。


少し風変わりだがここも周りと同じような鉄筋とトレーラーでできていた。

中に入るとサビや汚れが目立っていて幾年も使い込まれた事が分かる。

奥のカウンターで店主らしき男が黒いスーツを着た常連客と話をしていた。


「聞いたかマスター?上じゃ雇われ傭兵がヒーローなんて呼ばれてるらしいぜ」


「ほう、私も仕入れでしか地上に行きませんが、それは面白い。それで?そのヒーローは何人もいるんですか?」


「いや、能力をつかえる一部の奴だけで。雇い主の企業のロゴが入った衣装を身に纏って、何人もの傭兵認可証を持った社員をサポート役につけて災害や犯罪を解決して言ってるらしい」


「能力者ですか、民営の傭兵制度に国の武装規制にも限界がありますかね。これは新しい時代がやってきますかね。」


「あぁ新時代の夜明けは近い。ここも、いつそのヒーロー様に根絶やしにされるか。」


カウンターに向かう俺に店主が気づいた。


「いらっしゃい、初めてみる子だ。それに・・・地下ここも初めてかな?緊張で肩が硬っているよ。」


カウンターに近づき店主の斜め前に座った。


「情報屋を探してる。」


「ここはBARですよ。BARでドリンクも買わず自分の欲しい物を手にするのは、失礼じゃないかな少年。」


「俺はまだ未成年だ、アルコールは飲まない。」


「だぁーっはははっ、良い子ちゃんは地上に帰りな。ここはガキが来る場所じゃねぇぜ」


さっきまで店主と話していた常連の男は大笑いしていた。


完全に舐められてる、俺も多少、短気な面はある、だからこそここで舐められたくなかった。


<<悠久の瞬きフォールアウト>>


その囁きの刹那、世界の動きは全て止まったかのようなスピードで進みだした。


サバイバルナイフを取り出し。ゆらりと席はなれ2つ隣の席に座っている常連の男の首元に当てる。


そして時は元の速さを取り戻した。


「おい、次俺をガキ扱いしたら殺す。」


「っひぃッぁ....ぁあ、な、なんだ何が起こったんだ?お前いつのまに…。」


男の真っ赤に酔っていた顔が段々と青ざめてきていた。


「も、もういい、バカにゃしねぇよ、ッチ酔いが覚めた。マスター俺はもう帰る。能力者がなんだってんだ。」


男は、早くその物騒な物しまえ。っと俺の腕を振り払いながら店を後にした。


「はぁ。早く刃物をしまいなさい。少年、君がどんな能力を持ってるかは知らんが、人の店で問題を起こすなら私もそういった対応をせざるを得ない。」


「先にバカにしたのはアイツだ。」


「いいか少年、上とここが同じだと思わない事だ。あの人はここの常連というだけじゃないこの辺で顔が広い人の1人だ。君とあの人は同価値の客ではない」


「地下じゃ客によって対応が違うのか?」


「当たり前だ、地下は地上のように治安も良くなければ警察なんてものはいない、それぞれの区画にある組合に入って色んなバックアップを受けて成り立ってる。店にとって有益な人間をもてなすのは当然だろう」


確かに正論ではある。感情的にならないように必死で抑えた。


「最初にも言ったがここはBARだ。まずは何か注文したらどうだ?君が私にとって有益かどうか判断するのはその後が礼儀であり信頼の原則だと思うがね」


「あぁ、悪かった。じゃあ1番安いのを頼む。」


「ふむ、それで?情報屋を探してるんだったな」

店主の険しい顔が和らぎ、カウンターの下にある飲み物を漁りつつ話を続けた。


「あぁ、ここから南東くらいの地上で崩落災害があって、そこ周辺でラストジョーカーと呼ばれている男の目撃情報を得た。だからわざわざ現地に来て詳細を探ろうとしてたら、いつのまにかここに迷い込んだ。以上だ。」


「説明ありがとう少年、ラストジョーカーねぇ…、最近は東に行ったって話を聞いたな。なんでもそろそろ死ぬとか消えるとか、呪いにかかったとか、国のヤバい連中に追われてるとか、噂だけなら色々入ってくるけど詳しくは分からない、でも何かを焦って探しているらしいな。」


喋りながらいくつかの液体を混ぜ合わせてはシェイカーに入れて少し降ってはグラスに注ぐ作業を繰り返している。

それにしても情報屋じゃなくても意外と色んな話が聞けるな。地上では聞けない話がいっぱいありそうでほっとしている。


「まぁ、なんにせよ、ジョーカーと関わるのはやめた方がいいと思うがね。ワンダーランドにも何度か来ていたらしいけど、すれ違いざま少し肩が触れただけで半殺しにあった奴もいるし、急に金塊を投げつけられて、お前にやるって叫びながら去っていった事もある。

いつも何かブツブツと呟いて、見た目もコロコロ変わるから掴みどこがない。」


「見た目が変わるって…じゃあこの写真は意味ないのか?!」


ランクボードの写しを店主に見せるとこんな格好もあるのかっと感心していた。


写真の格好は全身を黒の布で隠しまるでアラブの女性が肌を隠すような格好に似ている。

この国でこの服装をしていれば逆に目立つと思っていた。


「まぁ、あまり良い噂は聞かないけど最近客から聞いた話だと、四大会よんだいかいのうちの西の琥珀会、南関東の清龍会の2大勢力のお抱え用心棒になったて聞いてるよ。噂は噂、元々一匹狼みたいな奴らしいから、報酬がいいのかなんなのか。」


「じゃあそのヤクザの事務所を張ってれば会えるか?」


「少年。それはやめておくんだ。四大会と呼ばれるだけある、末端の組合とジャレあうのとは訳が違う。裏社会で巨大な勢力を誇る琥珀会に喧嘩を売れば例えガキでも容赦はしない、運良く生きてたとしても、もう西側に観光旅行はできない。」


「琥珀会...巨大な勢力って割には1人ガキが小競り合いしただけで消されるなんて、器が小いせぇな」


ようやくシェイカーの音が止み、グラスに綺麗な色の液体が注がれて自分の目の前に置かれた。


「いやいや、組織が巨大になればなるほど、縦も横も繋がりは強固にしないと、脆くなる。だが、琥珀会はその強固な仲間意識を実現できているからこそ裏社会に絶対的支配を置いている。」


「じゃあ清龍会に張り込めばいいのか」


「清龍会は創設こそ新参だが、元は関東全域を支配していた龍王会から精鋭と秀才の人員が独立して出来た組織。十数年前に龍王会で跡目を巡った内部抗争があって、先代の会長の息子と会長の右腕であった男の対立。」


「清龍会があるって事は龍王会は解体したのか?」


「解体というか、さっきも言ったが独立という形で先代の右腕の男が停戦を持ちかけた。先代の息子もそれを飲んで長期戦にならずに済んだって話だよ。龍王会も歴史ある組織だから関東各地に傘下の組がいくつもある。だから龍王会は未だ関東圏では巨大な勢力だよ。本拠地が北側にあるから今は北関東の龍王会、南関東の清龍会と関東付近の支配は二分にぶんしている」

 マスターはふぅっとため息をついて説明を終えた


なるほど。

裏社会の情勢も把握できて少しずつ深い霧が晴れていくような気がした。

ってかここの店のドリンク美味いな!

いつの間にか飲み干していた。


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