第12話  伯母

 二本足で立つ人狼の姿のまま、タケルはじっと玲子とおたあさまを見おろした。

 両肩に、夜雀たちが止まった。

「玲子さん、今日はここへきて良かった」少女が言った。

「敬二さんもひとりで死ぬわけじゃない」

「どういうこと」

「このお方こそ、運命の神。私が死ぬべき時がいま、きたの」

「違う」ぶっきらぼうにタケルが否定したが、少女は賢そうな顔をただ横に振った。

 

 白狼を見つめていた玲子も、次第に狼の放つ不思議な威厳のある気配にうたれ、自然と頭を垂れていた。

「せっかくだから、少し話を聞かせて」夜雀のさくらが肩の上から言った。

「もしや、あなたがたは御使い様」おたあさまは地面に膝をついた姿で言った。「わたくしでよろしければ、謹んでお答えいたします」

「そう受け取ってくれると話がはやい」ももが答えた。「だけど、畏まらなくていいの。多分に女性週刊誌的興味が入ってるし。とりあえず膝をつくのはやめたら。痛いでしょ」


 するとさくらが、「例のなんちゃら協会があなたたちの話をしている時、私たちも近くにいました」と語りはじめた。

「あなたたちは、傷んだボディパーツを時に入れ替え、時に乗り換えて長寿を保つと説明していた。でも、それだけではないわよね。身体を次々に乗り換えるなんて、言うは簡単でもよほど強い生命力が当人にないとムリ。でないと世界は不死者でいっぱいのはず」

 聞いていた白狼はふむ、と言う感じで首を上下した。


「あなたは特別丈夫に生まれた」さくらがおたあさまに言った。

「とても強い肉体というか生命の炎を持ってこの世に生まれてきた。そして、あなたの血肉を通じて炎を分け与え、他人を元気にさせてあげていたんじゃないの?それがグループの母体になった」

 おたあさまはうなずいた。

「よかれと思ったことが、過ちのはじまりだったのです」

「それと、故事に通じた齢500歳の妖怪でもないのに、私たちがなに者かを見抜いたってことは、前にどこかで接点があったのかな。いま、しゃべっていて名を思い出したのだけど、花門深月って娘がいた。彼女にはたしか歳の離れた妹がいたわね」

 おたあさまは、黙って手を合わせるような仕草をしただけだったが、

「花門は母の旧姓です」と玲子が言った。

「やっぱりそう」とさくらが言い、ももがうなずいた。

「そして若い頃の伯母は」玲子は続けた。「昔の私によく似ていたそうです。結局、私たちは彼女と同じ罪を重ねてしまったのです」


「意味がわからない」白狼が聞いた。「説明してくれ」

「歳がばれるから詳しく教えたくなかったけど」と、ももが答えた。「現在からすこーし昔のこと。あ、鬼滅とかMAOほど昔じゃなくて犬神家の一族の時代ね。当時、都市部では食糧不足が当たり前だったし、欠食児童がざらにいた。狼ちゃん、この言葉知ってる?」

 白狼はうなずいた。母の伯母にあたる人物が食の細かった幼いタケルを気にかけ、「欠食児童くんにこれを」と、子供の興味を惹きそうな珍しい食べ物を頻繁に送ってくれたのだ。


「一番最初は、純粋な善意だった。見るにみかねて子供を助けたのがはじまりと聞いたわ」

 ももによると、食べていくだけでも大変だった時代に身寄りのない子供の世話をし、一部から聖人扱いをされた女がいた。それが花門だった。

「彼女のところの子供たちは、都市近郊にいるにもかかわらず栄養状態もよく病気知らずだったから、裏の食料供給ルートでもあるのかとやっかまれたほどだった。その秘密がオリジナルの『滋養飲料」だったの』

「なんだ、それ」


 さくらが続けた。「花門さんは己の肉体がもつすさまじい生命力と、それが取り出せることに気がついていた。そして手っ取り早い方法として、自分を薬草と一緒に煮出すことを思いついた。その薬湯を子供へビタミン剤がわりとして与えたの」

「自分を、煮出した?」

 白狼の疑問にももが答えた。「つまり薬湯に入って、採れた汗とか分泌物を煎じ薬として飲ませたの。変態趣味みたいだけど、当人たちは大真面目だったし」

 当初は、一定の成果があがったと夜雀は説明した。次第に篤志家などのスポンサーもつき、建物も手に入れ、小さな慈善団体として活動をはじめた。

 

 ところが、まもなく付近でおかしな噂がささやかれるようになった。

「近所をテリトリーにしていたこじきが唐突に消えたとか、街娼とポン引きが揃っていなくなったとか。当時は浮浪者も多かったし、治安だって悪かった。警察の捜査もおざなり。それでも次第に評判となった。失踪の理由は想像がつくでしょ。グールになってしまった子らに与えたのね」

「ある学者が」さくらが言った。「いち早く異変に気づき事態の収拾を図った。それをこちらからも手伝ったの。大変だったのよ。あの当時はあなたみたいに強くて優しい救い手はいなかったから。すべて人で対応したの」

 どうやら人間の妖怪ハンターを支援したということらしい。


 白狼は疑問を口にした。「汗を飲ませたら、グールになる?」

「いいえ。滋養飲料までは大丈夫だった。たしか、大怪我をした誰かを助けようと、つい血肉を分け与えたのだったと思う。当初は目覚ましい効果があったの、スポーツ万能にはなるし。でも、いったん血肉を分け与えるとその後もずっとそれを求め、飢えて他の子を襲ったりした。そして人助けの団体は、坂を下るようにグールの集団になっちゃった。結果として無惨さまとおんなじ構造になったのね。映画化に向くかは判らないけど」

「なんとなく理解できたかも」白狼がつぶやいた。


「そうそう、ホラー映画では」ももがまた口を開いた。「狼男とか吸血鬼の超能力ってインフルエンザみたいに噛んだ相手に次々と移って行くでしょ。花門の超生命力も血肉を分け与えると転写される。問題は、コピーだとオリジナルより格段に能力が落ちるうえ、劣化コピーだからすぐガス欠になる。もっともヤバいのが、手近な代替燃料である他人の血肉への渇望が抑えきれないこと」

「吸血鬼っていうかゾンビだな」

「それも、どうやらコピーを重ねるほど血肉への欲求は強まるらしいの。花門から能力をもらった人物が、さらに他人に能力を分けたりしたら、もう大変。常に血を求める吸血鬼の出来上がり。結局それが今回のグール組織なのね。末端ほど残虐なのは、そのせい。一方、いまここにいる二人は別に人でなくても動物性タンパク質なら代替できるのよね、多分だけど」

 玲子がうなずき、「だからハンバーガーか」と白狼がつぶやいた。


「団体はまもなく壊滅し、本拠地も焼き尽くされたのだけど、花門の死体は見つからなかった」さくらは玲子に顔を向けながら話し続けた。「そのあともひそかに生きながらえていたのね。そして、おそらく同等以上に素質のあった妹の力を借り、組織を再構築した。前回の失敗体験があるから、今度は秘密保護に神経をつかい今日まで存続に成功した。でも、最近は内紛が絶えなかった……ってとこかしら」

「おっしゃるとおりです」玲子はうなずいた。おたあさまは、ただ涙を流すだけだった。

「その後の伯母は、転々と隠れ家を移動しながらも生き続け、母と互いに依存し合う関係になっていました」そう玲子は話した。「ですが、樹が枯れるように亡くなりました。やはり寿命は避けられなかったようです。私は、ずっとその世話係をしていたのです」

 

 淡々と彼女は続けた。「さきほど血肉を与えるとおっしゃいましたが、伯母や母がたびたび行っていたのは、身内に対し指や耳といった体の一部を譲ることでした。移植するためです」

「移植したら超能力もついてくるわけ?」

「はい。貰い受けた人物は生命力が高まり、弱った内臓なども丈夫になり、長く生きられる。単に血を与えるより効果は高く、残虐性は薄まります」

「ふーん。相手のボディパーツは、もらわなかったのかな」

「伯母や母の切断箇所につぐことはしました。しばらく経つと組織や形状が変わり、ついには前あったものと見分けがつかなくなる。このせいなのか、伯母は人の身体やフォルムに興味がありましたし、私もまた、彼女を手伝ううち、人体に強く関心を抱くようになりました。もしかすると心の奥で、本来の肉体を変化させるこの行為を嫌っていたせいかもしれませんが」

「失敗は?」

「もちろん、うまく行かないこともありましたし、術後に母の肉体が著しく弱ることもたびたびでした。もっと大きい部位を取り替える場合もありましたが、苦しみはさらに大きく長く続きます。結局うまくいかず、さらに別人のへと付け替えることすら。母は我々の中でも飛び抜けて強靭でした。そんな彼女も時々動けなくなることがあったのは、病気や老化ではなく交換手術とその後遺症のせいでした」


「人の身体をもらって長生きしていたのではなく、逆だったといいたいのね」

「移植には、血液型とは別の『相性』が先方に求められます。移植は誰とでもできるわけではない。伯母や母は、適合するかどうかを自らの感覚だけで確かめ、手術に踏み切るかを決めました。『相性』は、わたしにもなんとなく分かりますが、母たちは感覚だけで正確にその程度を見抜きました」

「フィーリング重視ってわけ」

「この能力に多大な興味を抱き、再現し利用したいと考えたのが弟の妻だった甲斐という女でした。相性を『波長』として把握することで勘だのみから脱し、ひいてはグールの能力をさまざまに応用展開させる。弟もその思いつきに浮かれました。そのとっかかりとして、母ととても相性のよい肉体を使って、母のクローン的な存在を作ろうと考えた。河本渚沙さんを狙ったのはそのためです。母が次に弱った時のためのストックにすると説明していましたが、本心はあの子をクローンの土台にして、自分たちが自由にできる母の肉体を得たいと考えていたようでした。私には、その思いつきを理解することも受け入れることもできなかった」


 玲子は路上に崩れたままの弟の亡骸に目を向けた。

「でも、弟の死は自業自得です。甲斐にも責任がなくはないとは思いますが、もうどうでもいい。渚沙さんに執着していたのは弟だったようですし。義妹のことは好きではありませんが、いまさらなにかしようとも思いません。二度と渚沙さんたちに近づかないでくれさえすれば」

 玲子の語る間、おたあさまはずっと泣いていた。

 するとさくらが、涙を流し続ける少女にやさしく言った。

「あなたは身体をそっくり替えたと聞いたけど、それほど前じゃないわね」

「はい。三年と経ってはいません」

「さっき直に顔を見るまでは、あなたのことを、単に魔物が少女の体を乗っ取ったと考えていました。どうやら違うようです。あなたの中に身体の主はまだ生きていて、ひとつになっているのではありませんか」

「……はい」

「それも、友好的というかお互いに機嫌よく」

 少女は、現在話をしているのは、かつて加賀美志乃と呼ばれた人物だが、同時にこの身体の持ち主、中島芽衣という者でもあると説明した。融合によって以前の加賀美とは気質も変わった。どちらの記憶もあって、新しい人格ができたといえばそれが一番正しいかもしれない、と話した。

「言い訳をするつもりはありませんが」玲子も言った。「母と出会った頃の芽衣は、不治の病に冒され死にゆく運命だったのです。助けとなる家族もいませんでした」

 彼女とおたあさまは気持ちが通じ合い、当人の強い望みもあって身体を託された。そして母の能力がうまく作用し、病魔は駆逐されたのだ、と玲子は言った。

「グールの能力を用いて誘導したと思われるかもしれませんが、違います。芽衣にとっては母との融合が唯一の希望だったし、母にも相当な死のリスクがありました。兄も弟も最後まで反対しましたが、母が聞かなかっただけです。芽衣は生きたがっていて、現在も生きることに喜びを感じています。遺憾ながらこの娘は、口を開けば厭世的な言葉を発しますが、それこそ母の悪影響だと私は考えています。ですがそばで見ていますと、母の意識はゆっくりと後退しており、徐々に芽衣の意識が前へと出てきたようにも感じています」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る