その勇気をくれたのは、君だから
「……明日だね」
「うん」
四月一日さんが出かけると、青葉くんが私が座ってる隣に腰をおろしてきた。クリームソーダを飲んでいた私は、腕に絡まってくる彼にバランスを持っていかれて倒れそうになる。
でも、なぜか青葉くんはそんな私を見て笑ってくるの。何がしたいの? こっちも笑っちゃうじゃないの。
「何時の飛行機?」
「10時。……10時、ロサンゼルス行き」
「そう。準備は?」
「終わってるよ。大きいものはあっちに送ってあるし。後は、鈴木さんとベタベタするだけ」
「……いっぱいしてね」
リビングを見る限り、機械もそのままだしいつもと変わったところはない。まあ、元々物が少ないし、持っていくものがないんだろうな。
きっと、寝室はぽっかり空間ができたように何もない。私は、それを見たくないの。想像もしたくない。
その想像をかき消すようにクリームソーダをテーブルの上に置くと、予想以上にコツンと大きな音が鳴った。
びっくりして肩をあげちゃったからか、青葉くんが再度笑い出す。それに釣られて、私も。
笑い声をあげて、隣に居る彼に身体を預けて。体温を感じて、笑って。
でもそれは、ふとした瞬間静けさを運んでくる。
「……」
「……」
今の今まで笑っていた私は、もう笑い方を覚えていない。
口角をあげようとするけど、その前に涙が溢れそうで叶わないの。
こんな前日にやめてよ。青葉くんが行きづらくなちゃうでしょう。めんどくさい女だと思われちゃうでしょう。
楽しいことを考えよう。
例えば……例えば、青葉くんとクレープを食べた時とか。それに、青葉くんと一緒に勉強してそこにマリたちが来て総勢8人でテストの問題出し合いしたり、青葉くんと課題を解いて、青葉くんと……。
あれ? 私、楽しいことを思い出しても青葉くんのことしか出てこない。それ以外が、真っ白で出てこないわ。どうして? もっと、何かあるはずでしょう?
「鈴木さん……」
「な、何? どうしたの?」
「ぎゅー」
そんな私を、青葉くんは何も聞かずに抱きしめてくれる。
この温かさも、今日だけ。
そんなこと考えなくて良いのに。青葉くんの体温だけ感じていれば良いのに。今の私に、それは難しかった。
「……前日なのに、ごめんね」
「前日だから、だよ。鈴木さんが、それだけ俺のこと好きな証拠でしょう? 俺にとっては嬉しい」
「青葉くんは寂しくないの?」
「そんなわけないでしょう。鈴木さんが良いなら、一緒にロス行きたいよ」
「でも、私英語しゃべれない」
「俺と一緒にいれば、問題ない。ってか、そこなの?」
「そうだよ、話せなかったら死活問題でしょ!」
あ。
青葉くん、笑った。良かった。笑った。
でも、その衝動で溜まっていた涙がポロッと溢れちゃった。
やだなあ、どんどん溢れてくる。止まらない。青葉くんの腕の中、私は涙をボロボロと零す。
それはまるで、時間と一緒ね。
ずっと止まらず、同じ方向に流れていく。
でも、一つだけ違うことがあって。
彼の着ているTシャツについた涙痕は、時間が進めば進むほど乾いていくの。何事もなかったかのように。
未来に確証なんてない。だから、私もそうやって彼の中から綺麗さっぱり消え去ってしまうのかと考えると怖くなる。とても、怖い。
そんな私を見た青葉くんが、急に動き出した。片手を私から離し、背中の方へ持って行きながら話しかけてくる。
「……鈴木さんは、俺のこと待っててくれるんだよね」
「待つよ。ずっと、待つ」
「じゃあ、予約して良い?」
「予約?」
「色々考えたんだけど、どうせ渡すんだから今で良いかなって。えっと、その……気が早くてごめん」
意味がわからず顔をあげると、そこには優しい表情で微笑む青葉くんが。
そして、その手にあるものは……。
「鈴木さん」
「はい」
「帰ったら、俺と結婚してくれますか」
その手にあったのは、銀色に輝く指輪の入った箱だった。窓から差し込む日の光に反射し、それは輝いて見える。
青葉くんは、箱を持ちながら私に向かってそう言ってきた。真っ直ぐに向けられた視線が、私の視界を支配する。簡単には逸らせない。
せっかく泣き止んだのに、私はすぐに新しい涙を流す。
「……私で良いの?」
「鈴木さんじゃなきゃ、俺は嫌。……鈴木さんは?」
「私……。私は」
私たち、まだ高校生だよ。
青葉くんは、アメリカで好きな子ができたらどうするの?
2年で心変わりすることだって、十分ありえるでしょう?
その考えは全部、今の青葉くんの言葉で吹き飛んだ。ミリ単位も残さず、どこかに行ってしまった。
私の答え?
そんなの、答えはひとつだけに決まっているでしょう。
私は、一呼吸置いて口を開く。
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