夫婦は似る


 青葉くんのアメリカ行きが決まった日から、時間の流れがとても早い。

 気づいたら、いつの間にか青葉くんが日本をたつ前日の朝になっていた。


 おかしい。

 先日、アメリカ行くよって聞いたばかりなのに。さっき、向こうの学校が決まったことを教えてくれたのに。今の今、退学届を出してきたことを聞いたばかりなのに。

 そう思って枕元にあったスマホのカレンダーアプリを開くも、日にちは変わらない。明日、青葉くんが居なくなる。


 明日は、朝早く空港に行くって言ってた。

 昨日来てくれた四月一日さんの仕事の都合で、午前中の便をとったんだって。だから、実質……。


「……今日が、青葉くんと会う最後の日?」


 最後じゃないのは、わかってる。


 今まで、青葉くんは私にたくさん時間をくれた。不安にさせないように、話し合いもたくさんしてきた。

 それに、たくさんギューしてくれて、アップルパイも作り方を教えてもらった。……キスだって、たくさんした。だから、大丈夫。私の役目は、笑顔で「いってらっしゃい」を言うこと。簡単でしょう。


 私は、ベッドから起き上がり床に足をつけた。

 今日も、晴れていてとても気持ちの良さそうな1日になりそうね。



***



「いらっしゃい、梓ちゃん」

「こ、こんにちは、お邪魔します。あの、これ、お菓子です」


 いつもは私の家で遊ぶんだけど、今日は青葉くんのマンションにお呼ばれしたの。

 インターホンを鳴らすと、青葉くんじゃなくて四月一日さんが出てきた。なんだか、ものすごい笑顔なのだけれど……。どうしたの?


 その意味が良くわからない私は、とりあえず持参したお茶菓子を手渡した。


「ありがとう。気を遣わせちゃってごめんね。今、五月来るからリビングでお話しよう」

「あ、はい……」

「いやあ、生梓ちゃんは何度見ても良いなあ」

「……」


 四月一日さんは、空港から直でなぜかうちに来た。まあ、青葉くんがその時間帯来てたから不思議じゃないんだけどさ。

 そして、うちのパパは歓喜の嵐。いつ用意したのか、色紙にサインを求め握手をしてもらいやっと落ち着いて会話してたわ。青葉くんのご両親のサインが揃ったのが、嬉しいらしい。


 でも、四月一日さんも結構変な人なの。

 だって、私のことを「生梓ちゃん」って言うのよ。テレビ電話越しだと「デジタル梓ちゃん」らしい。なによ、それ。


「飲み物は何が良い? 甘いものが好きなんだよね」

「あ、えっと、……」

「メロンソーダ飲もうか。バニラアイスつけるから」

「飲みたいです」

「あはは、好きなんだね。血糖値低すぎるって聞いたんだけど、通常でいくつなの?」


 リビングに案内された私は、無理矢理ソファに座らせられる。手伝いたいのだけど……させてくれそうにないわね。

 四月一日さんったら、腕まくりして張り切っている。ちょっとだけ、千影さんに似てるわ。


「最近は通常で40行くか行かないかです」

「……は? 頭痛は? 吐き気とか」

「特にないです」

「……梓ちゃん、アメリカに甘いお菓子たくさんあるからいっぱい送るね」

「ありがとうございます……?」

「そっかそっか、40。40……嘘だろ、40。生梓ちゃんが死んじゃう……」


 私が数値を言うと、なんだか顔色がサーッと悪くなったけど大丈夫? 

 ブツブツ何か言ってるけど、聞こえない。嫌われたらどうしよう……。今、青葉くんに相応しくないとか言われたらもう終わる。


 そんなことを考えていると、リビングの扉がものすごい勢いで開いた。そっちに顔を向けると、これまたものすごく険しい顔をした青葉くんが立っている。


「……父さん?」

「どうした、五月。片付け終わったのか?」

「鈴木さん来てるのわかっててやらせたの? インターホン切ったでしょ」

「なんの話やら? それより、五月も座りなさい。メロンクリームソーダ作るから」

「俺がやる! ったく、油断も隙もない。……鈴木さん、ごめんね」

「……あ、お邪魔、してます」


 青葉くんは、四月一日さんに文句を言うなり私の方へ歩いてきたと思ったらすぐに抱きしめてきた。ギューッといつもより強めに抱かれ、私の思考は停止する。

 しかも、四月一日さんは見てるのに何も言わないし。海外では、ハグが挨拶って言うけど本当なのね。


「五月やるなら、僕は梓ちゃんとお話しようかな〜」

「俺が話すの! 父さん、どっか行っててよ。邪魔」

「はいはい。クロームソーダ作ったら、梓ちゃんのお父さんと映画観る約束してるから」

「え!?」


 いつの間に!?


 私が声をあげると、青葉くんも多分全く同じ顔して驚いている。

 千影さんもそうだったけど、四月一日さんもフレンドリーすぎるわ。そして、パパ。あなた、お仕事大丈夫なの……。


「……まじでごめんね、鈴木さん。嫌わないで」

「き、嫌わないよ! あの、えっと……」


 なんと言ったら良いのかわからなくなった私は、四月一日さんからもらった飲み物にお礼を言って口をつけた。


 シュワっとした口当たりと、バニラアイスの濃厚さがたまらないわ。



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