君がわかるまで、何度でも
メイクの入った大きなリュックを背負った青葉くんが、非常階段を使って下に降りてきた。どうしてそんなところから来たのか聞いたら、「千影さんに捕まりそうだったから」って。捕まったら、幼少期の変な話を監督さんにされるから全力で逃げてきたとか。
相変わらず仲が良いなあ。
「お待たせ、鈴木さん」
「青葉くん! 打ち上げ良いの? さっき監督さんが言ってたけど……」
「大丈夫。親子で参加したくないし、俺は欠席」
「そうなんだ」
「それより、ケーキ食べに行こうよ。まだ体力残ってる?」
「え? 良いの!?」
「良いよ」
門前で前澤さんって言う守衛さんと話していた私は、青葉くんの方を向いて手を振る。
前澤さん、お子さんが2人居るんだって。双子だって言うから、うちにも居ますよっていう話で盛り上がったんだ。やっぱり、食べ物の好みは似るみたい。あと、寝相は一緒なんだって。うちと一緒!
「なんだ、君の彼女か」
「こんにちは、前澤さん」
「こんにちは、五月くん。こんな良い子他に居ないぞ、ちゃんと掴んでおけよ」
「言われなくても」
「はは! 若いって良いなあ」
青葉くんも前澤さんを知ってるみたい。ってことは、このスタジオで良くお仕事してるんだろうな。毎回毎回、こんな遠くまで大変ね。
前澤さんが笑うと、青葉くんが私の手を握ってきた。びっくりしちゃって手を引いちゃったけど、それでも青葉くんは握り続けてくれる。
こんな炎天下の中なのに、彼の体温は暑くない。心が温かくなるの。
私、その時が来たら、ちゃんとこの手を離せるのかな。
「気をつけて帰るんだぞ」
「はい。お先です」
「お疲れ様です」
ダメダメ。今、湿っぽくなってどうするの!
せっかく一緒に居るんだから、楽しまなきゃ。
私は、青葉くんの力強い手に導かれて駅へと歩いていく。
***
駅までの道のりは遠い。
本当はバスを使うんだけど、1時間後にしか来ないから、歩いてるんだ。
「……」
「……」
でも、会話は続かない。
さっきまでは、初めての撮影がどうだったのかとか、美香さんと何話したのかとか会話してたんだけど。俺も俺で、奏の控室にあったお菓子の種類とかそんな話をしてたし、特に変な感じはなかったのに急に途絶えた。
鈴木さんが気にしていなければこのままでも良いんだけど、ずっと下向いてるしそんなことはなさそうだし……。
「鈴木さん」
「青葉くん」
「「あ」」
そう思って声をかけようと名前を呼ぶと、同時に鈴木さんも俺の名前を呼んできた。
タイミングが同じすぎて、俺らは同時に笑い出す。
「どうしたの、鈴木さん」
「あ、ごめん。青葉くん、先に良いよ」
「俺のは大した用じゃないから」
「わ、私も!」
「あはは、これじゃあいつになっても話せない!」
「ふふ、そうね」
繋いでいる手に力を入れると、鈴木さんも握り返してくれた。それだけで、俺の気持ちは軽くなる。
やっぱり、鈴木さんはすごいよ。
「……聞いて」
「え?」
俺は、歩道柵に腰をかけて鈴木さんの足を止める。
言うなら、ここで。人が居ないし、車の通りも少ないここで。
ここでなら、言える気がする。
俺の、わがままを。
「離さないからね。鈴木さんが、本当に俺のこと嫌だってなるまで。だから、鈴木さんも俺のこと離さないで」
目を見て言葉を綴ると、鈴木さんはポカーンとした表情になった。
言うタイミングミスったかなって思ったけど、その表情はすぐに崩れていく。
眉を歪め、瞳からは大粒の涙が。
歯を食いしばり、必死になって嗚咽を漏らすまいとするその姿は、改めて俺がさせてしまったんだなと思うと見られたもんじゃない。けど、ちゃんと向き合わないと、彼女に失礼だ。
俺がこれからする選択は、こんな程度のものじゃないんだから。
「俺のわがままに、付き合ってくれる?」
「……私、諦めなくて良いの?」
「あの、むしろ諦めないで待ってて欲しいです……」
「……待ってて良いなら、いくらでも待つ。私、多分これからも青葉くん以上に好きになれる人居ないと思う」
「俺も、鈴木さんが最初で最後だよ。寂しい思いさせちゃうけど、篠田さんとか眞田くんたちと待っててくれる?」
鈴木さんは、俺の言葉に頷きながら胸の中に飛び込んできた。来ると思ってなかったから、後ろに倒れそうになるも、両足でかろうじて踏みとどまる。ここで鈴木さんに怪我でもさせたら、格好も何もない。
肩を震わせ泣く鈴木さんを見てると、俺も泣きたくなってくる。でも、今言って良かった。
やっぱり、奏はすごいな。どうして、鈴木さんの気持ちがわかるんだろう。……なんて、あいつも好きだからだろうな。負けたくない。
「喫茶店行こうって思ってたけど、今日うち来ない?」
「……行く。青葉くんのが欲しい」
「……!?」
頭をよしよししながら誘うと、腕の中で鈴木さんからとんでもない言葉が聞こえてくる。
あれ、今俺、家に誘ったよね。2人きりになれる場所に誘ったよね?
え? どう言うこと? 俺が欲しい? え? ……ええ?
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