始まりは貴方で、終わりは私から



「よっ、新人! 調子はどうだ!?」

「うわっ、係長さん!? びっくりさせないでくださいよぉ」


 場面は変わって、オフィスの中。

 係長役は、なんとびっくり千影さん! 彼女、すごくてね。以前会った時と全く違う雰囲気の役を演じてるの。あれは、演じているというよりなりきってるというかそのものっていうか。全く違和感がない。


 今日の私は街中で歩く人役だから、ここで見てるんだ。

 美香さんは、スーツに着替えてオフィスに置かれた印刷機でコピーをかけている。今は後ろ姿しか見えないけど、さっきは書類を抱えて歩いていたのよ。美香さんの演技力も高くて驚いちゃった。やっぱり、プロは違うよね。


「カット! 係長のワイシャツの襟、右側少し倒して」

「はい!」


 こういう服装の乱れとかも、本人が直しちゃダメなんだって。ヘアとメイクは青葉くん、服装はマネージャーさんがササッと舞台に上がって直し、パッと去っていく。

 その中で、監督さんは全体像を見るため動かないの。どっしりと構えてるところを見ると、一家の大黒柱的な感じに見えるわ。


「テイク2、スタート!」

「よっ、新人! 調子はどうだ!?」

「うわっ、係長さん!? びっくりさせないでくださいよぉ」

「ははは。なんだなんだ、そんなに驚いて。さては、業務外のことをしていたな!?」


 はあ。にしても、千影さん格好良いなあ。

 あれで、私と同年代の子どもが居るって信じられない。……そういえば、千影さんと青葉くんが親子関係だって公表してるのかな? まあ、あの顔だとバレるか。青葉くん、髪切ったし。


 私は、立ちながらそんな光景をジッと見ていた。

 パイプ椅子に座ると、ギッて金属の擦れるような音が響いちゃうの。だから、立ってる。他の人たちは座ってるけど、私は不器用だからそんな芸当できない。

 奏くんなんて、慣れてるから本番中も普通にパイプ椅子にドカッて座るの。全然音が立たないんだから、何かコツがあるのでしょうね。


「カット! 次、給湯器のシーン行きます。オンスケなので、ゆっくりで良いですよ」


 さっき知ったんだけど、「オンスケ」とはスケジュール通りに進んでるって意味なんだって。業界用語って格好良い!

 他にも、「てっぺん」や「内トラ」とか。そうそう、「アゴ」は食事を差すとか!


 次のシーンも、私の出番はないから待機ね。

 はー、楽しい。こうやって見ていると、さっき青葉くんから言われたことが夢みたい。


「……でも、夢じゃない」


 さっき、びっくりして泣いちゃったのはまずかった。

 あれじゃあ、青葉くんに「行くな」って言ってるようなものじゃないの。青葉くんが海外へ勉強しに行くのはわかってたし、それが早まっただけのこと。


 私ね。「待ってて良い?」って聞きたかったのよ。

 でも、なんか言えなかった。青葉くんは優しいから、そういうこと聞いたら「良いよ」って言うに決まってるもの。そんな「言わせました」的な答えを言わせるのは忍びないじゃない?

 青葉くんは、きっと海外でもモテる。そっちで好きな人ができた時、私が足枷になりたくない。

 それに、遠距離なんて絶対に自然消滅する。ちゃんと告白してくれた青葉くんに、それは失礼だ。


 ちゃんと決まったら、「別れよう」って私から言おう。

 これからは、美香さんと同様青葉くんのファンとして作品を応援する。それで良い。


「課長が言ってたんだけど、来週の飲み会に社長来るんだって」

「マジ!? 私欠席する」

「みんな同じこと言ってるよ」

「あはは。社長も可哀想〜」


 私は、スタジオの壁に背中を預け、ステージの眩しい光をボーッと見つめる。


 今日の夕飯、何にしようかな。



 

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