気分が急降下する
「じゃあ、梓がご飯作ってるの?」
「そうだよ。家事全般やってる」
「……大変じゃない? 嫌な時とかあるでしょ」
「うーん。嫌とかそういうのじゃないなあ。生活の一部だし」
「生活の一部?」
「そう。学校行ったり、お風呂入ったりすることと同列。やらないと生活できないから、嫌とかそういう次元じゃないというか……」
レジに並びながら、私たちは話を続ける。
梓と会えてよかった。このまま夏休みに入るの、嫌だったんだ。梓、嫌な顔ひとつせずに私と話してくれているの。やっぱり大人だよね。
それに比べて、私は……。
「梓はすごいね」
「そんなことないよ。1人でやってるわけじゃないし、手だって抜いてるし」
「でも、すごいよ」
私なんかより、ずっとすごい。
私、梓みたいになりたいな。勉強できて、家のこともやって、メイクだって……。
「夏休み前にしてたメイク、似合ってたよ」
「ありがとう。青葉くんがやってくれたの」
「ジ……青葉くんが?」
「そう。青葉くん、メイクアップアーティストなんだよ」
「え?」
「現場で働きながら、勉強してるんだって」
「……すご。え、芸能界で? 働いてるってすごくない?」
「ね。尊敬する」
そっか。
梓も青葉くんも自分のフィールドがあるんだ。すごいな。
そう考えると、2人はお似合いだね。似たもの同士だ。
「おめでとう、梓」
「あ、ありがと……」
私がそう言うと、梓の顔が真っ赤に染まって行く。まだ慣れてないんだろうな。可愛い。
青葉くんは、幸せ者だね。
梓は、真っ赤な顔してそのまま、会計へと進んでいく。私も、その隣で。
後ろには、テキパキと買い物袋を出したり小銭を確認する梓がいる。そっか、この時間でそういうことをするんだ。覚えたぞ。
***
「じゃあ、またね」
「うん。再来週連絡するね」
私たちは、商店街で別れた。マリ、安いスーパー探してここまで電車で来たんだって。
もらったお金が余ったらお小遣いにして良いって言われたら、そりゃああの安いスーパー行くよね。ここ、定期券内だし。
再来週、一緒に勉強する約束しちゃった。楽しみだな。
「……嬉しい」
マリと仲直りできたのが、すごく嬉しい。
私は、鼻歌を唄いながらルンルン気分で帰路につく。
「……あ」
「あ、あの時のギャルちゃんだ」
「こんにちは……」
でも、その気分は長くは続かなかった。
商店街を歩いていると、香水ショップからミカさんが出てきたから。その隣のコスメショップの袋を持ちながら、私に向かって手を振っている。
「偶然だね。お家、この辺なの?」
「あ、はい……」
「そうなんだ! ここのコスメショップと香水のお店好きなんだ。近いの羨ましい」
「私も、好きです」
「なんか、メイク前と違うね。あ、前髪も! そっちも素敵」
「ありがとうございます」
無視するわけにはいかないよね。
私は、話しかけてくるミカさんへと近づいていく。でも、その足取りは重い。
「ね、時間あるならそこのファミレスでコスメの話しない?」
「え、あ……。今、スーパーからの帰りで、冷蔵品があって」
「そっか。じゃあ、明日! なんかね、誰かと話したい気分で」
冷蔵品なんて、買っていない癖に。
気づかないで。袋の中を見ないで。
その嘘で、私の心は限界だった。
「わかりました。明日ですね」
「ありがとう! じゃあ、ライン交換しよ! 私、前見た時からギャルちゃんのメイク興味あったんだ!」
「はい……」
断れなかった。
私は、手に持っていたスーパーの袋を腕で持ち直し、スマホを取り出す。
震えているの、気づかれないかな。聞かれたら、買い物たくさんしたって言おう。ジャガイモににんじんも買ったし。
「じゃあ、ラインするね!」
「はい、ありがとうございます」
ミカさんが笑顔になると、周囲の人たちが「あの人」「雑誌の」と騒ぎ出す。それに隠れ、私はミカさんから急いで離れた。
「あの、ミカさんですよね? サイン、お願いします!」
「いいよ。ペン貸してくれる?」
「これにお願いします」
背中から、ミカさんの話し声がはっきりと耳に聞こえる。その声は、どこまでも私を追いかけてくるの。商店街を出たのに、まだ耳に張り付いている。
「違う。違う。青葉くんは、私を選んだ」
私は、怖くなってスマホの電源を落とした。
頬に涙が伝うのを、止められずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます