親友は安穏な表情を披露する


 今日も、鈴木は学校を休んだ。

 風邪だって先生は言っていたが……。


「眞田ー、青葉も休み?」

「らしいな。なんなら、加藤と足立も休みだ」

「風邪が流行ってんのかなあ」

「どうだか」


 明後日から、夏休みに突入するそんなタイミングで熱出すやつがこんなに居るか?

 加藤らは、長期休みの前に絶対休むからサボり確定。俺の目は誤魔化せねえ。


 窓際に寄りかかって教室を見ていると、東雲が話しかけてきた。その手には、プリントが1枚。さっきの現国で配られた夏休みの宿題一覧か。


「これさ、先生が青葉にって」

「……俺、家知ってるから放課後渡しに行くよ」

「え、ストーカー?」

「違う!」

「ははは、冗談。じゃあ、よろしくー」

「はいよ。ってか、今日の昼休みに委員会だからな。忘れんなよ」

「ういー。4限終わったら声かけて」

「ったく……」


 東雲の適当さは、相変わらずだ。

 いつもなら、青葉もここで笑って「しゃーないや」ってなって終わるんだけど。


「篠田さん、これ鈴木さんに渡しておいて貰って良い?」

「嫌……」

「喧嘩したの?」

「違うもん。あっちが悪いんだもん……」

「ふーん。じゃあ、川久保さんは?」

「誰も居ないなら、置いてくる」

「助かるー。篠田さん、早く仲直りしなね」


 どうやら、鈴木のプリントは川久保が持っていくらしい。


 次の授業の準備をしようと机に戻ると、そんな会話が聞こえてきた。

 川久保がプリントを受け取ると、篠田が寂しそうな顔してそれを見てる。……本当は、鈴木と会いたいくせに。あの表情、俺と喧嘩した弟とそっくりだぜ。


「席につけー」


 俺は、教室に入ってきた先生の声で我にかえり、準備を進める。

 プリントは、ファイルに入れてカバンの中にしまっておこう。



*** 



 昼を少し過ぎた時間帯。


「……どうやったら、そんな状況になるんだ?」

「シーッ。もう少し寝かせてあげて」


 打ち合わせが終わり五月のマンションに帰宅すると、ソファには毛布に包まり眠る梓が居た。しかも、五月の膝に頭を乗せて気持ちよさそうにしている。


 そして、部屋中に漂う甘ったるい匂いも気になるな。

 キッチンを見ると、オーブンが1つ稼働しているじゃんか。何か作っているらしい。


「あと10分だって。音で起きるんじゃねえの?」

「アップルパイ焼いてるんだ。その音で起きるなら良いよ」

「オレの分は?」

「鈴木さんに聞いて。鈴木さんに作ったやつだから」

「まさか、丸々1個は食わねえだろ」

「……」

「……そっか」


 食うらしい。

 オレは、五月の苦笑いする様子でそれを察した。


 にしても、なんで梓がここにいるんだ? こいつ、母親以外の女は絶対家にあげねえのに。


「お前ら、学校は?」

「休んだ」

「……仕事とか?」

「今日明日は入ってないよ。半分サボり」


 小さな声で話しながら、オレは持っていたリュックを床に置く。

 対面したソファに腰をおろすと、五月がいつもよりずっと穏やかな顔をしてることに気づいた。


「……誤解、解けたのか?」

「うん。後、フライングしちゃった」

「は? お前梓とヤッ「違う、そっちじゃない!」」

「え、じゃあ……」

「鈴木さんに好きだって告白し「はああああああああ!!!?!??!?!?」」

「……ん? わ!? え、青葉くん、わ、私」

「おはよう、鈴木さん」


 やべっ!? 梓が起きちまった。


 五月の話を聞いていたオレは、予想外の出来事に大きな声をあげてしまう。

 無論、背筋が凍るどころかそのまま消滅してしまうんじゃないかって思うほど冷たい睨みを、親友よりいただいております、はい。


「ごごごごめんなさい、私、寝ちゃって」

「大丈夫だよ。もうすぐアップルパイできるから」


 ガバッと起きた梓は、かけ布団を床に落とす。そして、オレに向かってその露出された肌を見せつけてきた。

 淡いピンク色した、キャミのロングワンピース。こんな似合うやつがいるんだ。素足なのも良いな。


 ……そうか、今日はギャルメイクしてないから似合うのかも。いつもより、少しだけ幼い。


「あれ、奏くん?」

「お、おう」

「ってことで付き合います、俺ら」

「……マジで?」

「う、うん……」


 五月の言葉が信じられなかったオレは、梓の顔を凝視する。

 ……うん、事実らしい。真っ赤にして下を向いてしまった。ってことはだな。ことは……。


「赤飯!」

「は!?」

「赤飯炊こう。寿司取るか? それとも」

「落ち着け、奏。鈴木さんには甘いものの方が良い」

「奏くん、お腹空いてるの? 一緒にアップルパイ食べる?」

「いや、そういう意味じゃなくて……食うけど」


 ああ、ツッコミが不在だったわ。

 これ以上話していても会話が成立しなさそうと思ったオレは、五月に断りを入れて手を洗いに立ち上がる。

 いや、嬉しさで泣きそうだったから、と素直に言っておこう。


「……」


 やっとお前は、自ら幸せを掴みに行けたんだな。

 血と砂にまみれて倒れていたあの日から、長かったな。おめでとう。おめでとう、五月。


 梓、こいつ結構腹黒いけど良いやつだから。

 だから、オレの親友のこと、よろしく頼むよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る