現実は厳しいもの

余裕のない男


「青葉くん、お待たせ」

「……」

「……青葉くん?」


 私服に着替えてメイクした鈴木さんを見た瞬間、自分の中の何かが爆発しそうになった。


 女子ってこんな露出すんの? 夏ヤバくない?

 暑いだけの季節だと思ってた。今なら夏と友達になれそう。


「……日焼けするから、薄手の上着も持っていこ」

「日焼け止め塗ってあるよ」

「梓ちゃん、電車とか建物の中は冷房で冷えるから持っていきなさい」

「はあい」


 よしよし、良いぞ。こんな姿、他の人に見せてたまるか。

 てか、透さん! そこは服チェンジさせるとか……いや、ダメだ。あれは「うちの娘可愛い」しか考えてない顔だ。


 ……我慢できる? いや、我慢するぞ。

 俺は、鈴木さんを「そういう目」で見ない男だ。あの18禁まがいの先輩とは違うんだ。


***




 青葉くんの作ったシャケの雑炊を食べた私は、私服に着替えて外に居た。パパは、家で待ってるって。

 青葉くんも、セイラさんに頼んで学校に連絡入れたみたい。

 途中、


『違う! やめてよ、千影さん!』


 って、顔を真っ赤にして叫んでたんだけど、なんだったんだろう。

 青葉くんは、お母さんのこと名前で呼ぶんだね。珍しいな。


「眩しい……」

「昨日、ずっと部屋に居たの?」

「多分。あまり覚えてない」

「そうなんだ……。ごめんね」

「あ、青葉くんは悪くないよ! 私が、その……えっと」


 ジリジリとした暑さは、夏! って感じ。キャミワンピでちょうどよかったかも。肩紐を結んで着る、お気に入りの服なの。

 本当はこれ1着で出かけるつもりだったんだけど、パパも青葉くんも上着持っていきなさいって。だから、薄手のカーディガンをカバンの中に入れてきたわ。


 気まずくなった私は、下を向きながら青葉くんの家がある神城駅を目指す。今日は晴れてるし、ここから2駅だから歩いて行くことにしたの。

 青葉くんが着替えてる間、マンションのロビーで待ってるんだ。その後は、どこ行こうかな。


「私が弱いから……。みんなに嫌われたくなくて、でも、言われたくないこともあって。煮え切らないから」

「そんなことないよ。俺だって嫌われるの怖いし、言われたら嫌な言葉もある。鈴木さんが弱いからじゃないよ」

「……でも」

「仮に弱くても、俺はそんな鈴木さんが好き」


 脱いだセーターを肩に乗せた青葉くんは、暑そうにしながらも私の方に笑顔を向けてくる。正直、太陽より眩しくて見られたもんじゃない。


 だって、これって両想いだったってことでしょう?

 顔が熱いのって、気温のせい?


「顔真っ赤。可愛い」

「だってぇ」

「佐藤さんが言ってたこと、本当だったんだ」

「由利ちゃんが?」

「うん。鈴木さんは、俺のことが好きって。半信半疑だったけど」

「ご、ごめんなさい」

「何で謝るの? すごく嬉しいけど」

「うぅぅ。忘れてください」


 何で青葉くんはそんな余裕なの?

 ちょっとでいいから、私に分けて欲しい。


 って!? 私たち、いつから手を繋いでたの!?

 家から出た時は繋いでなかったんだけど……。


「忘れても、俺は鈴木さんのことが好きだからね」

「……私も好きです。大好き」

「可愛い無理死にそう」

「え?」

「なんでもないよ」


 1人であたふたしてて恥ずかしいなって思ってたら、青葉くんの言葉を聞き逃しちゃった。

 やっぱり、青葉くん余裕だな。私も慣れないと。


 ……いやいや、慣れそうにない!

 何このイケメンな生き物!? 今更だけど、国宝級じゃない!?


「それより、体調どう? 昨日動いてないんだから、無理しないでね」

「大丈夫だよ、ありがとう」

「今日は水分こまめに摂って、栄養あるもの食べようね」

「ケーキ食べたいな」

「ご飯も食べるなら良いよ。どこかカフェ行く?」

「……青葉くんのアップルパイ食べたい」

「わかった。蜂蜜たっぷりのやつね」

「えへへ、ありがとう」


 歩道は、私たち以外に高校生は居なさそう。まあ、それもそうね。みんな学校で勉強中だし。


 私たちは、住宅街を抜けて工業地帯へと様変わりする景色を眺めつつ、ゆっくりと歩いていく。

 この近くに、うちの近所のスーパーより安い野菜の小売店がポツンと立ってるんだ。店主のおばちゃんが気さくな人でね。毎回双子連れて行くと可愛がってくれるの。


「鈴木さん、マンション上がってって」

「え?」

「一応、毎日掃除はしてるから綺麗だとは思うんだけど……」

「青葉くん、一人暮らしだよね。いいの?」

「あ、別に変なことはしないから大丈夫だよ」

「変なこと?」

「あ、いや……。えっと、ごめん」

「……?」


 私が小売店の方を向いていると、青葉くんが私に話しかけてきた。


 なんか焦ってるけど、どうしたんだろう。一人暮らしできるの、尊敬しかないんだけど。


「……とりあえず、暑いから上がってね」

「わかった、お邪魔しま……あ! 手土産何もない」

「いらないよ。鈴木さんが来てくれるだけで嬉しい」


 私の体調心配してるけど、青葉くんも暑そう。顔が真っ赤になってるし。やっぱり、炎天下の中制服ってのがそもそも暑いよね。キャミワンピ着てきてよかった。

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