何もかもどうでも良い


 あの後泣き止んだ鈴木さんは、「今日は、帰って」とはっきりした口調で俺らに言ってきた。

 あれは、どう聞いても拒絶だ。俺のことも、視界に入れたくないって感じだった。


 昇降口で、鈴木さんの言う由利ちゃん……佐藤さんが待ってたから話をするのかと思って勝手に学童に迎え行っちゃったんだけど、首を突っ込みすぎたのかな。


 俺は、帰る方面が一緒だった佐藤さんと歩いて駅に向かっていた。


「……青葉くん、学校でもそうやって顔を出していればいいのに」

「人と目を合わせて話すのが得意じゃないんだ」

「そうなんだ。他にも理由ありそうだけど」


 佐藤さんの言葉は、何故か棘がある。授業で少し話したことあるくらいなんだけど、何か気に障ったのかな。

 でも、俺は別に誰に嫌われたって良い。鈴木さんが隣に居てくれれば、それで良い。


「梓ちゃん、今回は私たちのことと青葉くんのことが重なっちゃってショックが大きかったんだと思うよ」

「俺のこと?」

「……私が責めるのは違うってわかってるけど、梓ちゃんの気持ちわかってるでしょう? なんで、恋人がいるって教えてあげなかったの?」

「……え? 誰に恋人?」

「しらばっくれてもダメだよ。彼女さんから直接聞いたんだから」


 佐藤さんの口調は、更に強いものになった。立ち止まって、俺に向かって威嚇するように声を荒げている。


 鈴木さんの気持ち? 恋人?


 この人は、日本語を話しているのだろうか。

 本気でそう思ってしまった。それほど、理解できないことを言っている。


「……ごめんね。私も梓ちゃん傷つけておきながら、青葉くんだけ責められないのに」

「……待って、俺? 恋人居ないけど」

「内緒なんでしょう? 他の人には言わないから、大丈夫だよ」

「いや、内緒もなにも……。居ないんだから、大丈夫とかじゃなくて」


 本人に聞いた、と佐藤さんは言った。ということは、学校の人か。

 もしかして、佐渡さん? でも、あの人はそういう嘘をつかない人だ。まさか、奏? いや、そんなこと。


「モデルのミカさん、って言えば認める?」

「は!?」

「心当たりあったでしょ?」

「……本人がそう言ったの?」

「今日、正門にいてね。嘘じゃないよ、梓ちゃんも一緒に聞いたから」

「……嘘だろ」


 佐藤さんの口から出てきた名前を聞いて、背筋が凍った。持っていた鞄を落とさなかったのは、それで意識を保とうと思ってたからだと思う。だから、倒れずに済んだ。


 正直、美香さんが怖い。

 なぜ、恋人と名乗ったのか。今日も正門で待っていたのか。考えれば考えるほど怖い。痛むはずのない、右胸の痣がズキズキする。


 でも、それより今は鈴木さんだ。


「っ……。ごめん、先帰ってて」


 佐藤さんが何か言ってたけど、聞いている余裕はなかった。


 それよりも、鈴木さんの誤解を解かないと。篠田さんたちと何があったのかわからないけど、それに加えて、俺のこともあってさっき泣いたんだ。俺が、あんな泣き顔にさせたんだ。……見てるのが辛いほどの、泣き顔だった。


 途中、何人かにぶつかったかもしれない。けど、今の俺にそれを気にしろというのが無理だ。


「鈴木さん、鈴木さん……」


 俺のことで泣かせるなんて、そんなことあって良いことじゃない。たくさん笑顔をもらってきたんだ。

 あって良いことじゃない。



***



「……」


 酷い顔。でも、もともとこんな顔だったじゃない。今更、なんだっていうの。


 家に着いた途端、すごく冷静になった。

 なんで、あんな泣いたんだろう。考えても、やっぱり答えは出ない。


 双子に心配かけちゃった。「大丈夫?」「今日、テストで100点取ったから泣き止んで」って気まで使われて。お姉ちゃん失格だな。


 私は、双子が手を洗った後、洗面台で自分の顔を見ていた。

 そこには、すっぴん顔が写っている。メイクが取れると、一気に幼い顔になるのは昔から変わらない。こんな顔だから、「可哀想」って言われるんだろうな。いくら大人になろうとメイクしたところで、化けの皮は剥がれる。


「……私も、ミカさんみたいに綺麗な人になりたかった」


 そうすれば、何もかも上手く行ってた気がする。……なんて、現実逃避ね。

 私は私でしかない。それ以上になれない。この顔が嫌いなのに、青葉くんに好きになってもらおうなんて都合の良い話だったのよ。


「はい」


 キッチンに向かう途中、チャイムが鳴った。

 玄関へ行って声をかけると、


「鈴木さん、青葉です。その、話したいことがあって」

「ごめん、メイク落としちゃったから今日は「そこでいい! そこでいいから話を「青葉くん」」」


 息を切らした青葉くんの声がする。けど、会いたくなかった。


「今日は帰ってって言ったよ。正門で、ミカさん待ってるから行ってあげて」

「鈴木さん……」


 これ以上話していると、変なことを口走りそう。

 私は、鍵を開けることなく、キッチンへと歩いていく。


 今日は、オムライスを作ろうか。


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