寂しさを紛らわせるために


 お昼休みが始まって少しした時。


『なあ、青葉。梓見なかった?』

『わぁ!?』

『ごめん、急に』

『こっちこそ、ごめん……』


 4限目の内容をノートに書き写していると、川久保さんが話しかけてきた。

 前から急に来たから、変な声を出しちゃった。でも、それを気にしてないくらい焦ってる。鈴木さん、さっきまで自席に居たけどどうしたんだろう。


『梓、お昼居なくてその……』

『さっきまで席に居たけど』

『あの、ちょっと色々あって。でも、お昼は一緒に食べようかなって思ったんだけど、その』

『……? 喧嘩したの?』

『うーん。まあ……。とにかく、梓知らない?』

『知らない。ラインは?』

『ありがとう。もう少し探してみる』


 ライン、まだしてないのかな?


 川久保さんは、歯切れ悪い返事をしながら篠田さんたちの方へと行ってしまった。「青葉も知らないって」と話しているのが聞こえてくる。

 ……鈴木さん、喧嘩するなんで珍しいな。


 いつものメンバーの4人が集まってるってことは、鈴木さんは1人でどこかにいるってことだよね。


『眞田くん、お昼なんだけど行く所できて……』

『あ、悪りぃ。委員会があって、行かなきゃいけねぇんだ』

『そうだった、忘れてた。ごめん』

『っつーことで、行ってくるわ。……おい、東雲行くぞ!』

『ういー。めんどー』

『行ってらっしゃい』


 とりあえず、探してみよう。

 お弁当入ってた手提げがないから、学食か、中庭辺りかな。


『……』


 芸術棟の方行ってたらアレだから、奏にも声かけておこう。あいつ、今日も学校来てるし。



***



「味がしみてて美味しい。朝揚げたの?」

「うん。昨日の夜に漬けておいて、朝揚げたの」

「一晩漬けると、やっぱり味が違うね」

「マジ、うまかった! まだ食いてえ!」

「いいよ、どうぞ。……あと青葉くん、これ。飲みかけだけど、良かったら」


 鈴木さんは、芸術棟の屋上に居た。

 ここは、普通科の生徒も立ち入りOKな場所。でも、教室から遠いためみんな滅多に来ない。……だから、ここを選んだのかな。

 学食から走ってきたから大変だったけど、見つかってよかった。


 俺は、鈴木さんから水色の水筒を受け取った。

 鈴木さんも飲んだやつってことだよね。よかったらというか、なんというかラッキーです。……って、俺気持ち悪いな。ニヤケそう。


「ありがとう」

「走ったの? 暑いでしょ。ここなら人来ないから、セーター脱いだら?」

「そうする」

「脱いだら貸して。畳んどく」

「大丈夫だよ、自分でやるから」

「青葉くんは、水分とって。倒れちゃう」

「……お言葉に甘えます」


 なにこの、新婚みたいな会話。ダメ、ニヤけるなって方が難しい。しかも、奏が唐揚げ食べながらめっちゃ笑顔でこっち見てるし。


 俺は、その恥ずかしさを紛らわせるため、鈴木さんからもらった水筒を素早く傾ける。すると、口の中に冷たいお茶が流れてきた。これは何茶だろう? ちょっと甘い。


 まさか、また鈴木さんと間接キスできると思ってなかったから嬉しいな。なんだか、いつものお茶より美味しい気がする。

 なんて、余韻に浸っていると、


「……喜んでるところ悪りぃんだけど、それ直前に飲んだのオレな」

「ブッッッッ!?」

「あ、青葉くん!? どうしたの!?」


 奏の唐突すぎる発言に、口の中に少しだけ残っていたお茶を噴いてしまった。すると、セーターを畳み終わった鈴木さんが急いでタオルで拭いてくれる。……あーあ、ワイシャツにシミ作って恥ずかしすぎる。


「あ、いや。急に飲んだから、その」

「わかる。冷たい飲み物って、むせるよね」

「う、うん。そうそう……はは」


 マジで、穴があったら入りたい。今なら、シャベルもらえれば喜んで自分で掘る。

 んでもって、奏。お前、そろそろ笑ってるのムカついてきたから殴るぞ……。


 ……ん? 待てよ。


「鈴木さんは、水筒のお茶飲んだの?」

「……? 飲んだよ、今日は黒豆茶」

「へえ」

「……五月、別に意味はないから」

「へえ」

「……こえぇよ」

「どうしたの? やっぱり、濃すぎた?」

「そんなことないよ。おいしかった」

「そう、よかった!」


 やっぱり。

 奏のやつ、羨ましすぎる。

 そして、今すぐアルコール100%の液体で唇をゴシゴシ拭いてやりたい。お前から、鈴木さんの痕跡を消してやる。化学室にあったかな。

 なんて思いながら睨んでいると、奏の顔からやっと笑みが消えた。


「もう少し食べ物もらっていい? お腹空いちゃった」

「うん! 作りすぎたから、いっぱい食べていいよ」

「ありがとう」


 多分だけど、篠田さんたちと食べるために作ったんだろうな。俺らが来なかったらこの量を1人で食べてたって考えると、奏に声かけて来てよかった。

 量の問題じゃなくて、これじゃ寂しすぎるでしょう。


「梓の飯は、食欲なくても食える!」

「俺も」

「……ありがと」


 喧嘩の内容は聞かないよ。

 川久保さんが俺に話しかけてきたってことは、あっちが悪いと思ってるってことだろうし。俺は部外者だから。

 

 頑張れ、鈴木さん。

 何があっても、味方だからね。


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