不穏な足音


「……鈴木さんに彼氏ができました」

「は?」


 期末テストが終わった日の夜。

 五月の体調が心配でマンションへ寄ったら、開口一番そんなことを言ってきた。


 マジかよ! どっちから言ったんだ?

 五月は色々整理してから告るって言ってたから、梓の方からか。

 そっかそっか、やっとか。今日は、オレがラーメンでも奢ってやろう!


 でも、なんでそんな遠回しに言うんだ? 


「だから、鈴木さんに彼氏ができたんだって」

「んだよ、五月ってば! もっとはっきり言えっての」


 そうそう。ちゃんと口に出して言えって!

 オレも、喜びを分かち合いたいんだよ!

 五月のやつ、もしかして恥ずかしいとか? 可愛いところあんじゃんか。


 オレは、五月に背を向けて靴を脱ぎながら高ぶる気持ちを抑え込む。


 だって、あの五月の彼女だぞ!

 少しずつトラウマ克服してる証拠じゃんか。オレも、梓なら安心して応援できるしな。


「……失恋しました」

「そっかそっか! やっとお前も梓のこと好きだって気づ……。え、今、なんて言った?」


 幻聴か? いやいや、気のせいだよな!?

 そう思って五月の方を向くと、何だか傷心しきった顔してるじゃんか。


「失恋、しました」

「……どういうこと?」

「そういうことです……」

「…………」

「…………」


 …………マジか。



***



 時間を少し戻して、テスト終わりの放課後。


「お待たせしました」

「待ってないよ。行こう」


 マリたちからものすごい質問の量を浴びた私は、言われた時間に少しだけ遅れて到着した。

 私の姿が見えると、先輩は正門近くにあるベンチから立ち上がる。すごく嬉しそうな顔してね。


「……私、先輩と付き合う気はないので」

「うんうん。ケーキ食べに来ただけでしょ? 知ってるよ」

「……ケーキ食べたら帰りますから」

「知ってる知ってる」


 絶対わかってない!


 でも、1回OKしたから1回は付き合わないと。

 ……別に、甘いものにつられたわけじゃないからね!



***



「ふみか、大丈夫?」

「え?」


 梓が教室から出てくと、詩織が心配そうな顔して私に話しかけてくる。

 やっぱり、気づいちゃうんだ。詩織には、敵わないな。


 私は、視線を合わせず帰りの準備をしながら詩織と会話をする。


「だってふみか、さっきの先輩のこと……」

「梓には言わないでね」

「言わないけど……。でも、梓は付き合う気ないって」

「……うん。梓の好きな男子は別にいるもん」


 梓は、青葉のことが好きなんだよね?

じゃなかったら、あの時中庭でずっと手を繋いでたりしないし。


 ソラ先輩のこと、取らないよね……。


「え、そうなんだ。梓、異性に興味ないと思ってた」

「同性好きってこと?」

「だって、どんな格好良い男子に告られても断ってたし。女の子が好きなのかなって」

「あー、確かに。でも、男子だよ。梓の好きな人」

「ふみかは誰なのか知ってるの?」

「うん。多分」

「えー、教えてよ」

「なになに、どうしたの?」


 詩織と話していると、そこにカバンを持ったマリと由利も来た。

 今日は、みんなで遊ぶんだ。……本当は、梓も一緒だったんだけど。あの感じじゃ、帰ってこないよね。


「梓の好きな人の話してたの」

「え、あの先輩じゃないの?」

「みたい。ね、ふみか」

「う、うん。でも、憶測だよ」

「音速?」

「お・く・そ・く!多分ってこと」


 マリって、聞き間違い多いんだよね。

 耳が悪いのか、知能の問題か……。まあ、そこも面白いんだけど。


「ふーん。てか、さっきのでショック受けた男子多いんじゃないの?」

「ねー。なんか、テスト終わったっていうのに男子たち暗すぎ」

「梓ちゃんって、本当にモテるんだね」


 そうなんだよ。さっきから、男子たちがめちゃくちゃ暗い。お葬式? って思うくらい。

 いつもなら、テスト終わりではっちゃけて先生に怒られるのに。

 梓は、本当モテるなあ。……ソラ先輩にも。


「面倒見良いもんね」

「あはは。マリってば、面倒見られてる自覚あるんだ」

「だって、梓にはなんか甘えても良いって感じがするし。嫌な顔しないから、甘えちゃう」

「わかる。付き合い悪いけど、そこもなんか魅力」


 同性異性みんなから好かれるって、相当だよね。

 ちょっと嫉妬しちゃうんだけど、私も梓のこと嫌いになれない。だって、今までたくさん助けて貰ってるし。嫌いになる理由なんてない。


「梓ちゃん、いつも早く帰っちゃうよね。マリ、知ってる?」

「さあ。用事としか」

「マリにも理由言ってないんだ。もしかして、男関係?」

「かも! 今度、梓の後ついてってみる?」

「それはダメだよ。本人に聞いてみたら?」


 マリにも言ってないんだ。それはちょっと気になるよね。


 ……でも、私も詩織たちに言えなかったことがある。

 あまり詮索しない方が良いと思うんだ。だって、私がされたら嫌だし。


「聞いたけど、濁されたの! だから、潜入調査!」

「尾行、じゃなくて?」

「あ、それそれ〜」

「……やめようよ。梓が可哀想」

「大丈夫! ちゃんと後で謝れば、許してくれる!」


 マリと詩織のやる気がすごい。

 ……これは、止められないな。

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