誘拐犯もびっくりなチョロさ


「……」

「……青葉くん?」


 佐渡さんと生徒会室へ行こうと歩き出した時、周囲の空気がガラッと変わった。みんながみんな、俺の後ろを見ている。

 何が起きたのか確認しようと後ろを振り向くと、自分にとって不快な光景が飛び込んできた。


「あ、ソラくんだ」

「知り合い?」

「うん、異母兄弟ってやつ。それより、ソラくんってば昨日梓に告ったらOKもら……青葉くん?」

「ちょっと、ごめん。すぐ向かうから、先に行ってて」

「……青葉くん」


 以前の俺だったら、無視してたと思う。

 鈴木さんが決めることだから、俺が介入して良いことじゃないとかなんとか理由をつけて。


 でも、今は違う。

 すぐにわかった。あれは、本当に嫌がってる時の顔だって。


 そう思った俺は、佐渡さんに取られていた腕を離して教室の方へと戻る。しかし、


「……佐渡さん?」

「ダメ。仕事は仕事だからね?」

「すぐ戻り「自分で引き受けたんだから、ちゃんと責任持ってやってくれないと。もうみんな集まって作業してるんだよ」」

「……わかった」


 再び、佐渡さんが俺の腕を強めに掴んできた。


 言っている事は、一理ある。引き受けた仕事を、自分の都合でみんなの作業を遅らせるのは良くない。

 外で働いているからこそ、そういうのは理解できる。


「わかればよろしい!」

「……」


 俺の気持ちが変わったとわかった佐渡さんは、再び上機嫌になりながら腕を絡めてきた。俺は、それを振り解けない。


「でも、ソラくんと梓って美男美女でお似合いだね。すごく絵になる」

「……それより、そんなひっついて暑くない?」

「暑くないよ〜。でも、セーターがチクチクする」

「離せばしないんじゃないの?」


 鈴木さんが、告白をOKするなんてことはない。

 双子に家事に……何の事情も知らないだろう相手に、OKを出すなんてことはない。


 鈴木さんと一緒に居た時間は少しだったけど、それくらいのことはわかる。


 きっと、何かの間違いだ。

 ……間違いだ。


「離さないよ。逃げちゃう」

「……俺は、野生の動物か何か?」

「当たらずと雖も遠からずってとこ」

「……」


 俺は、そのまま静かすぎる廊下を佐渡さんと歩いていく。



***



「というわけで、本当にごめんなさい……」


 周りに注目されてることに気づいた私は、マリに事情を話して牧原先輩と一緒に中庭まで来た。

 ここで誤解を無くさないと、さらに複雑になっちゃう!


「なあんだ、そういうことだったのかあ」


 私が事情……上の空たっだことを話すと、牧原先輩は拍子抜けするほどあっさり信じてくれた。

 でも、その手を離すつもりはないみたい。さっきから、左手を握ってきてるの。


「あの、だからその……」

「じゃあ、お試しってのは?」

「え……?」

「梓ちゃんが嘘つけるほど、器用な子じゃないのはわかってるよ」

「……えっと」

「僕、恋愛ってしたことないから感覚が良くわかんないんだよね。だから、互いにお試し」

「いや、だから……」

「友達と遊ぶと思ってさ」


 ふみかが言った通りね!

 ちょっとどころじゃなく、強引だわ。


 そんな馬鹿正直に言われると、なんと言えば良いのかわからなくなるじゃないの。

 1回OKした手前、何だか無下に断れない。……まあ、覚えてないんだけどね。


 今日に限って、なんで双子のお迎えがないんだろう。あれば、断る理由があるのに。

 なくても、嘘つけば良いんだろうけど。家族のことで嘘はつきたくない。


「あ、あの。私、好きな人いて」

「うん。あのイケメンくんでしょ」

「……青葉くんって名前がちゃんとあるんですけど」

「そうそう、青葉五月くん」

「わかってるなら、ちゃんと言ってください」


 あー! 話にくい!

 そして、そろそろ手を離して欲しいんだけど。


 こんなところ、青葉くんに見られでもしたら誤解されちゃうじゃないの!

 生徒会室って、どのあたりだっけ。中庭から見える?


「とりあえず、甘いもの食べに行こう」

「……え、甘いもの」

「うん。梓ちゃん、好きだって聞いてね。ショートケーキが美味しい喫茶店見つけてきたんだ」

「……行く、ます」

「あはは、本当に好きなんだ」


 ショートケーキ!

 ここ1週間生クリーム食べてなかったから、すごく魅力的に聞こえる。


 あ、でも食べ物でつられるってどうなの!?

 場所だけ聞く? いやいや、仮にも先輩にそれは失礼すぎるでしょ。


「……友達としてなら、行きます」

「そうきたか。いいよ、友達から始めよ」

「……ケーキ食べたい」

「はいはい。絶対美味しいから。僕が保証する」


 今日だけ。今日だけ。

 集合場所と時間を約束した私は、そのまま教室へと帰った。

 荷物まとめて、正門に集合だって。


 美味しかったら、青葉くんにも教えてあげよう。

 話題があれば、私から話しかけても良いよね。


 というか、私の甘いもの好きって誰から聞いたんだろ?


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