自分から穴を掘っていくスタイル



 夕飯を食べ終えた私は、双子にリビングを譲って青葉くんと自室へ来ていた。教科書を開いて、ラストスパートってところかな。

 さっきもらったうさぎのぬいぐるみを抱きしめながら、2人で物理の応用問題を解いてるの。


 これ、青葉くんが作ったんだって。結構大きいのに縫い目綺麗だし、中の綿も偏ってなくてすごく気持ち良い!

 やっぱり、青葉くんはすごいな。いろんな才能があるんだもん。


「じゃあ、期末終わったらまたお手伝いするんだ」

「うん。家の階段から落ちて入院した人の代わりだって」

「え、落ち……。だ、大丈夫なの?」


 パパが居なかったから、落ち着いて食事ができたわ。

 今日も、青葉くんのカロリーは十分! 野菜炒め、要と一緒におかわりしてたし。


 にしても、パパどこ行っちゃったんだろう。しばらく仕事ないって言ってたのに。


「さあ。複雑骨折だから、しばらく入院だって言ってた」

「大変ね」

「佐渡さんとやるみたい。鈴木さんの友達でしょ?」

「うん。理花は仕事早いからやりやすいと思うよ」


 理花、書類まとめ上手いってマリが言ってたな。

 1年の時行った、校外学習のしおりを一緒に作ったことあるんだって。


 いいな、私も手伝っちゃダメかな。

 あ、でも、作業は放課後だよね。私には無理か。

 ……なんて。青葉くんと一緒に居たいから手伝うとか、真剣に仕事してる人たちに失礼ね。


「それより、俺部屋入って大丈夫?」

「何が?」

「え、だって……。あの、鈴木警視長さんに怒られない?」

「なんで?」

「えっと」


 どうして怒られるのかしら?

 勉強してるんだから、むしろ褒めて欲しいよね。


「……俺と2人で居るところ見られたら、その」

「ああ、大丈夫。何か言われたら、踵落としするから」

「え? か、踵……?」


 全く、青葉くんのこと目の敵にしすぎよね。

 青葉くん、怯えちゃってもう! 帰ったら、もう1発踵落とししてやるんだから!!


「まあ、パパのことは置いといてさ。これ、どうやって作ったの?」

「……ミシンだよ。粘土で実物大の置物作って、そこから型紙取ったんだ」

「すごい! じゃあ、このデザインは青葉くんのオリジナル?」

「うん。鈴木さんの部屋にぬいぐるみいっぱいあったから、作りたくなって」

「器用ねぇ」

「引きこもってた時期長かったから。家でこういうことやって過ごすしかなかったんだ」

「……そっか」


 その時、側に居たかったな。側に居て、話し相手になりたかった。

 そうすれば青葉くんの笑顔がもっと見れたかもって思うのは、おごりなのかな。


 私、もらってばかりで格好悪いなあ。こんな友達、青葉くんだっていらないよね。

 橋下くんっていう最高の友達がいるんだし。


「おかげで、料理も裁縫もできるようになったし、メイクも上達したから。俺にとっては、悪い時間じゃなかったよ」

「……そう、なの?」

「ほら、こうやって鈴木さんにプレゼントもあげられるしさ」

「……ありがと」


 青葉くんは前向きね。

 そういうところも、好きだわ。……本当に、好き。


 私は、青葉くんの話に耳を傾けながらぬいぐるみをギューッと抱きしめた。

 すると、以前青葉くんに抱きしめられた時と同じく、優しい匂いが香ってくる。ああ、やっぱり落ち着く。

 そうだ、今聞いちゃお。


「あ、あの。青葉くん、聞きたいことがあるんだけど……」

「ん、なに?」


 顔を上げると、青葉くんはシャーペンをノートの上に置いて目を合わせてくれる。

 私、彼の目も好き。真っ直ぐで、温かくて、それでいて……。


 あ、そうだ。聞かなきゃ。


「あのね、前にキッチンで、その、ギュッてしてもらった時も思ったんだけど……、青葉くんって何の香水使ってるの?」

「香水? ……なんで?」


 なんで?

 なんでって……。青葉くんが居ない日常になっても、その匂いで落ち着きたいなんて言えないよね。


「えっと……。すごく好きな匂いで、落ち着くから、その」

「……?」

「あ、教えてもらっても、学校にはつけてかないから! 青葉くんと同じ匂いになっちゃうし、その」

「……えっと」

「う、上着!」

「上着?」

「そう! 借りた上着の匂い、すごく気持ち良くて。ギューッてして寝落ちしちゃって、その温かいというかなんというか」


 もううううう! 私の馬鹿!

 何言ってるの! 青葉くんドン引きじゃないの!


 でも、安心して!

 ヨダレは垂らしてな……いやいや、今はそんなのどうだっていいのよ!


「……あの、大変申し上げにくいんですが」


 え、なんで敬語……?

 しかも、困惑顔してる。


 もしかして、香水、めちゃくちゃ高いブランドのやつとか? ほら、セイラさんにもらったとか。お父さんが海外にいるって言ってたから、海外製かも。

 そうよね、すごく良い匂いだったもん。高いに決まってる。私のお小遣いで買えるかな。


「えっと……。俺、香水使ってないです」

「うんうん、やっぱり高かっ……え?」

「香水……つけてない、です」


 青葉くんは、少しだけ顔を赤くしてそう言ってきた。


「…………え?」


 ……とりあえず、私のお小遣いでは買えなかったわね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る