天然ボーイと泣き虫ガール




『ふみかと話してきたよ。ちょっと時間欲しいって』



 ローファーを履き終えた私は、青葉くんに手を引かれながら……なんか、表現的にアレだけど間違ってない。手を繋ぎながらじゃなくて、手を引かれながら、詩織に言われた言葉を思い出す。

 ……彼、完全に保護者ポジションね。複雑だけど。


「……」


 詩織、6限の自習課題を猛スピードで終わらせたかと思ったら、そのままどこかに消えちゃったんだよね。きっと、ふみかのいる場所に行ったんだろうな。

 あの2人、幼稚園時代から一緒だったらしいから。何も言わなくても相手の気持ちわかってる感じするもん。


 ……幼なじみ、いいなあ。私にもいるけど、こんな2人みたいな関係じゃない。


「今日は、何が安いの?」

「へ!?」


 なんてことを考えながら歩いていると、隣で青葉くんが話しかけてきた。

 唐突すぎて、変な声が出ちゃったわ。


「スーパーで、何が安いのかなって。鈴木さん、その日の特価品見てメニュー決めてるんでしょ?」

「ああ、うん。今日は、白菜と水菜が安いんだ。後、豚ロースが2パックで598円だから冷しゃぶにしようと思ってるの。朝、氷も作ってきたし。……食べてく?」

「お邪魔じゃなければ。買い物も一緒に行って良い?」

「本当?双子、喜ぶわ。今日は何も用事ないの?」

「今日はないよ。明日は、22時から現場入ってるけど」


 自然に誘えたかな。変じゃなかったかな。

 双子が喜ぶ、なんてありきたりな理由ね。一番嬉しいのは、私のくせに。


 繋がれた手に少しだけ力を入れると、青葉くんもそれに反応してギュッと握り返してくれる。それも、なんだか嬉しい。

 ……友達って、良いわね。


「夜にお仕事することが多いの?」

「そうだね。夜中とか、土日が多いかも。ロケだと、人が少ない時とかに撮るから」

「オフィス街とかだと、土日の方が人居ないってこと?」

「そういうこと。……俺が派遣されるのは、基本夜だけどね」


 ……彼が居なかったらきっと今日のこと考えちゃってネガティブモードになってたかもしれない。

 ふみかのこと、牧原先輩のこと。本当は考えなきゃいけないんだけどね。今日は、もうキャパオーバー。青葉くんがいてくれてよかった。


 青葉くんは、歩きながら楽しそうにお仕事の話をしている。本当、好きなんだな。

 そうやって打ち込めるものがあるって、羨ましい。応援したくなっちゃう。


 私にできることはなんだろう。

 ……ご飯作ってあげること、とか?


「夜だと、眠くなるから大変ね」

「そうでもないよ。好きなことだから続けられるし」

「ふふ。いいな、そういうの。全力で応援する!いつでも夕飯作るから」

「本当?俺、鈴木さんの作るご飯好き」

「そう言ってもらえると、作りがいがあるわ」


 私、ご飯作ったり、掃除したりしかできないけど、それを褒めてくれる人がいるって、こんなに嬉しいんだ。そう言われると、これからも頑張ろうって気になる。


「……食費、払わせてね」

「いいわよ。1食増えたところで買う量は変わらないから」

「……じゃあ、買い物とかで荷物持ちする」

「あ、それ助かる。私だと、1日分の食料しか持てないから。まとめて買いたかったんだ」

「それなら任せて。お米とかも持つし」

「ありがとう。甘えちゃうね」

「うん、いくらでも。……なんだか、こんな会話してると一緒に住んでるみたいだね」

「……」


 …………。


 はっ!

 今、なんか時空超えて意識がどこか行ってたわ。


 なにこの人!天然なの!?天然なのね!

 急に変なこと言わないでよ!!


「そ、そうね」

「鈴木さんたちと暮らしたら、毎日賑やかだろうなあ」

「……」

「……鈴木さん?」


 …………。


 はっ!

 また意識が……。

 やめて!この天然男!!


 今に始まったことじゃないけど、青葉くんって、結構ズイズイ来るよね。

 それも癖だったり?


「え、あ……」

「顔赤いけど、大丈夫?」

「……ええ、大丈夫」

「無理しないでね」


 大丈夫じゃない!

 あ、待って。その笑顔もやめなさい!心臓に悪いのよ!

 ……なんて、言えるわけないよね。


 心臓が危うい私は、ド天然さを披露する青葉くんと一緒に双子の待つ学童へと向かっていく。




***



「あ、ふみかちゃん」

「……ソラ先輩」


 放課後。


 スポーツ科の更衣室の前でウロウロしていると、ソラ先輩が上着を腕にかけてやってきた。


「やっほー。午後は授業出れた?」

「……」

「……え、ふみかちゃん?」


 私は、ソラ先輩の質問にどう答えたら良いのかわからなくなって、そのまま泣き出してしまった。


 泣けば良いと思ってるの?そんな女だったの、私は?


「……ふみかちゃん?」


 ソラ先輩は、オロオロしながら私の背中を優しくさすってくれる。

 制服からでも伝わるその体温が心地良い。


 私は、しばらくその場で嗚咽しながら涙を流し続けた。

 それが止まるまで、ソラ先輩は何も聞かずに背中をさすってくれたんだ。


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