梓に声をかけたのは誰?



「……」


 最悪の事態って、こういうことを言うんだろうな。


 5限の時間ギリギリに教室へ入ったけど、梓はいなかった。マリが言うには、スポーツ科の先輩に呼ばれてそのまま帰ってきてないって。

 それを聞いた私は、カバンを投げ捨てて芸術棟まで走ってきた。



 そしたら、この光景だったの。



「梓……」



 間に合わなかった。

 間に合わなかったんだ。


 ごめんなさい。ごめんなさい。



 私が、もっと早く動いてればよかったんだ。



「……だれ」


 床に座り込んだ梓は、真っ赤に泣きはらした目で私を見ていた。


 その首筋には、濃い目のキスマが。胸元のシャツがいつもより大きく開けられて、見知らぬ男子生徒に支えられて力なくこちらを見ていた。


「……お前も、あいつの仲間か?」


 いや、知らない人じゃない。


「橋下くん……」


 梓を支えていたのは、爽やかなイメージが強いあの橋下くんだった。

 でも、今は違う。こんな橋下くんを、私は知らない。

 あの、アイドルのような輝きを放つ彼はいない。


「お前も、こいつを傷つけるために来たのか?」


 そう言って、人を軽蔑するような、汚いものを見るような目で、橋下くんは私を見ていた。


「……梓」


 梓の肩にかけられている男子用制服の上着は誰のだろう。

 橋下くんは、上着を着てる。でも、先輩のサイズじゃない。

 私は、この状況になってもそんなことを考えられるだけの余裕はあったみたい。



***



 30分前。




 あと、1時間で校舎出ないとな。


 しばらく食堂の入り口で盗み聞きをしていたオレは、部活とか休んでる友達とかの関係ない話になったから聞くのを止めて外に出た。

 とりあえず、五月に鈴木さんの名前を確認しないとな。


 オレは、歩きながらスマホで五月を呼び出す。

 すぐに出たよ、暇なのか?


「五月ー、今電話いける?」

『いけるけど、終わったの?』

「見つからねえ。あのさ、鈴木さんの名前って」

『梓。鈴木梓ちゃん』

「やっぱり。あと、さっきのスポ専が探してたのって、その鈴木さん?」

『多分そう。梓って名前は学年で鈴木さんしかいない』


 なんでそんなこと知ってんだ?


 いや、今はそれどころじゃない。

 もしそうなら、結構大ごとだぞ……。


「あのさ、さっきのスポ専のやつ結構ヤベェ奴でさ。オレも人聞きなんだけど、女癖悪いので有名なんだよ。その鈴木さん、危ないんじゃねぇの?」

『……は?』

「正樹が……あー、クラスメイトの話なんだけど。あの辺りのグループ、学校のどっかで取っ替え引っ替え女遊びしてるんだと。で、ターゲット探してるって話で……おい、五月!五月ってば!」


 あいつ、切りやがった!


 ったく、こっちは時間ねぇんだよ!仕事穴開けたら、五月に弁償させてやる!


「……正樹!」


 オレは、急いでクラスメイトの正樹に電話をかけながら、芸術科の教室へと走る。

 まさか、同じ鈴木さんだとは思わなかったわ。

 面倒なことは嫌いだけど、五月の大事な人っぽいから助けないとな。



***



 同時刻。


「あ、あの!先輩!」


 初めてここまで入ったわ。

 多分、芸術科とスポーツ科にある渡り廊下かな。でも、昼休みなのに人が全くいないの。みんな、課題とかに追われてるのかな?


 私は、鼻歌でも唄いそうなほどご機嫌な先輩についてここまで来てしまった。用事、早く言ってくれないとお昼終わっちゃうんだけどな。


「どうしたの、アズサちゃん?」

「あの、どこまで行くんですか?私、お昼まだで……」

「あ、そうか。ごめんね、忘れてた」


 私が声をかけると、先輩は立ち止まってくれた。

 それに従い、私も距離を置いて立ち止まる。すると、



「強引にごめんね。僕の名前は、牧原ソラ。君と友達になりたいんだ」



 少し屈んで私と視線を合わせた牧原ソラ先輩は、無邪気そうな顔してそう話しかけてきた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る