優しい彼に、疑い深い私



「夏バテ?」

「え?」


 結局、青葉くんはキッチンでそのまま一緒に作業してくれた。リビングで双子が宿題してるから、邪魔したくないんだって。


 ドレッシング、作ってなかったから助かったわ。材料と分量を教えたら、バイトしてる時みたいに手際良く作ってくれてね。今、隣でカシャカシャ音を立ててかき混ぜてるところ。


「あ、いや。その、すごい痩せちゃった気がして。セーター着てるし、夏バテかなって思って」

「……俺、そんな痩せました?」

「絶対痩せた!体重とかって測らないんですか?」

「測らないなあ。最後に測ったのは、学校の健康診断の時」

「3ヶ月前じゃないの!もっと、自分の体調管理しないと」

「そうですね……」

「ご飯だってちゃんと食べて、夏なんだから水分もとらないと。倒れちゃったら大変よ!あなた、暑い格好でいるんだから余計」

「……はい」

「あ……。ご、ごめんなさい」




『お前が近づけばそれだけあいつは傷つく』




 そうだ、忘れてた。

 ダメよ、こんな近い距離に居たら。こんな説教じみた強い言葉、また彼のこと傷つけちゃうじゃないの。


 なんとも言えない表情になった青葉くんを見た私は、あの日橋下くんに言われた言葉を唐突に思い出す。

 近づくなって言われてたのに、また家に呼んじゃった。あんなにモヤモヤして、しばらく毎日のように悩んでたのに。なんで、招いてしまったんだろう。


「どうしました?」

「言い過ぎたから、ごめんなさい。傷つけちゃって、その」

「……?そんなことで傷つきませんよ。俺なんか、さっき鈴木さん見て笑うとか失礼なことしちゃったし」

「でも……」

「むしろ、鈴木さんが俺のこと心配してくれてるって思うと嬉しいですけど」

「……え?」

「それに、傷つけてばかりって何かしたんですか?」


 あれ?

 もしかして、気を使われてる?


 私は視線をお鍋に戻して、会話を続けた。青葉くんの目を見ていたら、泣きそうだから。

 なんだか、今日の私は感情の振り幅が大きい。なんでだろう。


「……初めて話した時、強引に連れ回したから。それに、私物も壊しちゃって。夜遅くまで引き止めちゃったし、買い物で荷物持ちさせて、それから」


 ああ、言葉にすると結構ひどい。

 2ヶ月も存在を知らなかったクラスメイトに、こんな仕打ちってある?もう少し考えて行動すれば良かったな。


「え?あの、別に俺はなんとも思ってないですよ。むしろ、鈴木さんの知らない一面見れて面白かったし」

「……別に、気を使わなくても」

「使ってないですって。どうしたんですか、急に?」

「だって、あなた。傷つくって」

「言ってませんけど?誰かに言われたんですか?」

「……私が近づけばそれだけ、あなたが傷つくって」


 私は、いくら否定されても信じられなかった。

 だって、あなたは優しいんでしょう?優しいから、私が傷つかないようにしてるんでしょう?


 私の口からは、どんどん否定的な言葉が溢れてくる。


「そんなことないです。気も使ってない。本心です」

「でも!だって、あなた」

「ちょっと、落ち着いて。……鈴木さんは、俺の言葉より、誰かの言葉の方を信じるんですか?」

「……それは」

「仮に傷ついてたら、今日だってここに来てませんよ」

「……」

「連絡先交換もしません」

「……」

「……今日のタピオカだって、他の人よりチーズフォームのカスタード多く入れたんですよ。甘いもの好きって言ってたから。傷つけられたなら、俺はそんなことしない」

「…………う」

「え、ちょ。え、あ、す、鈴木さん!?」


 ……そっか。

 自分から傷つきに来る人はいない。


 青葉くんの真剣な言い方でそれに気づいた私は、いつの間にかオタマ片手に泣いていた。うまく瞬きができず、ボロボロと醜態もなく。


 口の中に、昼間食べたチーズフォームの甘さが蘇る。やっぱり、カスタード入ってたんだ。美味しかったな、あれ。


「あ、あの。鈴木さん……?」


 慌てる青葉くんの声を聞いても、その涙は止まらなかった。グツグツと、お鍋の中でシチューが煮込まれている音がヤケに大きく聞こえる。



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